競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.16

 競馬の醍醐味。それはスピードだ。瞬間的には時速70kmを超える。アシが路面をとらえ、大地を後方へ押す。その力が馬体を前方に力強く送り出す。これが“推進力”。だから推進力を生み出す仕組みを知っていれば、ウマを見る目“相馬眼”や“選馬眼”を磨けるかも・・・。そこで前回は重力、つまり自らの重さを利用する推進方法を紹介した。それは「前アシの掻き込み」と呼ばれる推進テクニックに当てはまる。今回は、「トモのケッパリ」に焦点を当て、その推進法の秘密と原動力を探ろう。

■トモの主役は、“マッスル・パワー”

 今さら説明するまでもないだろう。後ろアシの推進力の主役は「マッスル・パワー=筋力」。腰から尻にかけて、強大な筋肉がひしめいている。だから「トモのケッパリ」こそ、厩舎関係者が最も重視するポイントだ。解説者や評論家だけでなく、競馬ファンですら、パドックでは「トモ」に注目だ。「トモの張り」、「トモのさばき」、「トモの踏み込み」、エトセトラ、エトセトラ・・・。「トモ」のコンディションを評価することの重要性を知っているからだ。
 《筋肉の1つひとつを皮膚の上から判別できて、そこに弛みがなければ「張りがある」。筋肉が硬すぎず、しなやかな動きを生み出せば、「さばきがよい」。その結果、後ろアシが前方に深く送られ、しっかりと「踏み込んで」いれば、大きな歩幅と強い推進力が期待できる》、というわけだが・・・。
 図の右上はウマの筋電図の一例だ。筋肉が活動するとき、その内部には微弱な電流が流れる。それを測定したのが筋電図。地震の揺れを示すデータのような細かな振動波。それは筋が活動していることを示す。VTR画像と合わせれば、筋肉の活動のタイミングが判るというわけだ。ところが、それをウマに応用するのは容易ではない。電極として細いワイヤーを筋肉に刺し込む。ワイヤーが太いと、ウマが痛がる。細すぎると、全力疾走のさなかにワイヤーが破損する。そんな事情で、実は疾走中の競走馬の筋電図測定が実現したのは、ごく最近。それも世界に先駆けて、我々のグループが最初に成功した。と、少々自慢したところで、結果を大ざっぱに説明しよう。

■それはステップの前半だ

 ギャロップでは、後ろアシの強大な筋肉のほとんどが、蹄が着地する直前から揃って活動を開始する。そして、蹄の着地を過ぎて、アシが地面に垂直に立ち上がる頃には活動を止める。この活動パターンは、推進力が出現するタイミングに見事に一致する。前回紹介したデータを思い出して欲しい。空を飛んだ後、最初に着地する後ろアシ(反手前の後肢)の推進力は、蹄が着地した早い時期から出現していたはずだ。
 考えてみれば当然だ。尻を覆う強大な筋肉のほとんどは、後ろアシを構築する骨格の後ろ側にある。アシが前方に振り出されると、これらの筋群は長く引き伸ばされる。この段階で筋が活動すれば、アシは強く後ろに引き戻される。そこに強い推進力が生まれるというわけだ。

■“ケッパリ”とは・・・

 ステップの後半、驚いたことにマッスル・パワーのほとんどが消失する。この時期、腰や尻の強大な筋肉はほとんど活動しないからだ。その理由は、骨格と筋肉との位置関係から説明できる。この時期に筋が活動すると、アシは上に引き上げられてしまうのだ。が、マッスル・パワーが消失しても、引き続き推進力は効いている。なぜだろう。実は後ろアシも、前アシと同じように、ステップの終盤には、重力を利用して推進力を生み出している。だからステップの後半、いたずらに筋が活動して、早い時期にアシが離地しては困るのだ。“ケッパリ”といえば、マッスル・パワー。そう連想しがちだ。が、実際は重力をも、きっちりと使っている。だから、“ケッパリ”とは、マッスル・パワーと重力を駆使して「推進力を発揮している動作」と理解しておくべきだろう。

 地球規模のエコが叫ばれているなか、車は今や「ハイブリッド=雑種」の時代。ガソリンと電気を巧みに使い分けて走る車だ。「サラブレッド」の語源は「純血種」。名前は「純血」でも、彼らの推進機構は、“筋力”と“重力”の双方を巧みに使いこなす“ハイブリッドタイプ”。母なる自然は、人智を超えて、やはり偉大だ。脱帽・・・。

(競馬ブック 2008.12.7号 掲載)


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