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サラブレッドの発祥の地イギリスにおける競馬は、きわめて古い歴史を持っており、その起源は少なくともローマ時代にまでさかのぼることができます。当初からイギリスには、スピードのある軽快な、いわゆる東洋種の馬が持ち込まれ、イギリスの在来馬の改良に用いられていました。しかし、本格的に競走馬の改良が始まったのは、イギリスの王政復古がなった1660年以降とされています。
王政復古とともに王位についたチャールズ2世(1630〜1685年)は、競馬が大好きで、施設を整備し競馬の規模拡大をはかりました。また同時に、競走馬の改良に心を注ぎ、多くの中東産のアラブ馬などを輸入しました。いわば競馬の父とも呼ぶべき存在と思われます。
チャールズ2世は競馬好きだったばかりでなく、女性も大好きだったようです。彼は正妻のほかにも多くの愛人を持ち、認知した子供だけでも14人を数えるほどでした。彼はそのことを少し反省したのか、あるいは王位継承の混乱を避けるためなのか、自分の宮廷医に避妊具の開発を命じました。くだんの宮廷医は、苦労の末、1671年にウシの腸を利用した、現代にも通じる避妊具を完成させました。この避妊具の呼び名は、開発者である宮廷医コンドーム博士(Dr.
Condom)に由来しているそうです。
■サラブレッドのスピードの向上
質問:私の亭主はプロの占い師で、ちまたではよく当たると評判です。唯一の欠点は馬券が当たらないことです。それはともかくとして、この前、新聞に陸上競技男子100メートル走のスピードの限界は9秒48と学者の先生が計算して発表したという記事を読みました。現在の世界記録は北京オリンピックでジャマイカのウサイン・ボルトが出した9秒69ですから、まだ0秒21短縮する可能性があるそうです。でも女子の記録は、もう頭打ちだとも書いてありました。サラブレッドではどうなんでしょうか。亭主はジャラジャラやった末、まだサラブレッドの記録は伸びると断言しているのですが。 (39歳 女性 競馬歴:13年)
答え:ご主人の占いは、日本のサラブレッドに関する限り、たぶん正解だと思われます。
競馬のレースでのレコードタイムは馬場の改修などで条件が変化するので、単純に比較するのはやや問題がありますが、実際の日本の競馬のレコードタイムを見てみると、未だに時折記録は更新されています。たとえば有馬記念は平成16年にゼンノブロイが記録を更新していますし、日本ダービーも同じく平成16年にキングカメハメハによって更新されました。また、日本ダービーの優勝タイムを年度順にならべてみると、でこぼこはあるものの全体としてまだわずかずつですが短縮しているように見えます。ただし、最終的にどの程度まで記録がのびるのか、科学的に予測した研究はありません。
一方、本場英国ダービーの優勝タイムは1930年以降ほとんど短縮されていません。ダービーには各年代のいわゆるトップホースが出走してきます。英国ダービーの記録を見る限り、サラブレッドの記録の向上は頭打ちになっているようにも見えます。
この点について、かつてアイルランドの研究者が、サラブレッドの過去の記録を用いて集団遺伝学的手法で調べ、英国の科学雑誌「ネイチャー」に発表しています。彼らはサラブレッドの能力の指標を、優勝タイムではなくフリーハンデキャップ(負担重量で表示した実力ランキング)に求め、1万頭以上のデータを用いて競走能力の上昇傾向の有無を調査しました。その結果、サラブレッドの競走能力は、集団全体としてほぼ1パーセントずつ向上していることを見いだしました。
トップホースの能力は頭打ちですが、集団全体として能力向上が認められる、ということは、一頭一頭の能力差が縮んできていることを意味しています。今後は、現在より競馬の成績に対する血統の影響が少しずつ薄れ、育てる環境や調教法が重要となっていくものと推測されます。
■サラブレッドの遺伝子プール
ダーレイ・アラビアン、ゴドルフィン・アラビアン、バイアリー・タークの三頭の馬はサラブレッドの根幹種牡馬と呼ばれています。この馬たちはチャールズ2世が王位について以降イギリスに持ち込まれ、競走馬の改良に用いられました。この三頭が根幹種牡馬と呼ばれる理由は、現在生存している全てのサラブレッドは、父親、祖父、曽祖父と男系(直系)をさかのぼっていくと、これら三頭のいずれかに行き着くからです。
直系子孫の数は、根幹種牡馬と呼ばれる三頭の馬の間でも大きく異なっています。現在最も優勢なのはダーレイ・アラビアンで、世界のサラブレッドのおよそ95パーセントはこの馬の直系子孫にあたります。すなわち現在活躍しているほとんどのサラブレッドは、父親をずっとたどっていくとダーレイ・アラビアンに行き当たるのです。ちなみにディープインパクトもこの偉大な種牡馬の25代目の直系子孫です。
もっとも18世紀末に発刊されたサラブレッドの血統書第一巻には、100頭以上の種牡馬が記載されています。そこに記載されている根幹種牡馬以外の種牡馬たちは、直系子孫こそ残しませんでしたが、現代のサラブレッドに遺伝的影響はおよぼしています。たとえば、曾祖母の曾祖母のそのまた曾祖母の曾祖父といったあたりに名前が出てきたりするのです。名前が出てくるということは、その遺伝子をいくばくかは受け継いでいるということを意味します。
こうした見方で、現代のサラブレッドに対するそれぞれの種牡馬の遺伝的な貢献度を育種学的に計算すると、意外なことが明らかになります。最も貢献度が高いのはゴドルフィン・アラビアンで14.5パーセント、次いでダーレイ・アラビアンで7.5パーセント、3位は現在ではほとんど知られていない種牡馬Curwen's
Bay Barbの5.6パーセント、そして4位がバイアリー・タークの4.8パーセントとなるそうです。
さて、競馬好きのチャールズ2世がいなかったら根幹種牡馬も輸入されなかったかもしれませんし、サラブレッドによる競馬がこれほど世界規模のスポーツになることもなかったかもしれません。一方、コンドーム博士がチャールズ2世のために開発した避妊具は、現在ではエイズの予防にまで役立っています。これらのことは、当時の占い師でも見通せなかったことでしょう。
(競馬ブック 2008.12.21号 掲載)
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