競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.17 〜競馬のときの心拍数(2)〜

 ジョッキーマスターズのパドック周辺の人だかりはG1レースなみ。前回の連載でも示したとおり、参加した馬たちはパドック到着後しばらくの間は落ちついて普通に周回していたが、突然起こった大きな拍手と歓声に反応して、大きく心拍数を増加させた。しかし、一見落ち着いて歩いていたように見えた到着直後の周回でも、競馬学校生徒による模擬レースのときよりも明らかに心拍数は高かった。地下馬道を歩いているときの心拍数はジョッキーマスターズの方が低いくらいなので、これには多くの観客がパドックの周囲を埋めていたことや薄暗い中でのカメラのフラッシュなどがある程度は影響した可能性がある。

■返し馬の心拍数

 レース前の返し馬はレースにのぞむ競走馬にとっての直前のウォーミングアップにあたる。ウォーミングアップには、体温を上げたり関節の動きをよくしたり、あるいは精神的に気合をのせるといった重要な意味合いがある。以前、競馬のときにどの程度の返し馬が行なわれているかを調べたところ、走行距離は300〜400mくらいで、スピードはハロン15〜17秒のものが多く、ハロン13秒を超えるような速いスピードのものは少なかった。ただ、すべてのレースで一定であるわけではなく、馬場への入場地点とスタート地点の関係や、待避所のある場所がどこであるかなども、返し馬の走行距離に微妙に影響しているようだ。今回の返し馬のスピードは正確にはわからないが、心拍数がおよそ170〜200拍/分であったので、おそらくハロン15〜17秒程度の標準的な返し馬であったと思われる。もちろん、レース前の返し馬だけがウォーミングアップというわけではなく、パドックに至るまでの常歩運動も重要な意味を持っていることはいうまでもない。

■ゲートからスタート時の心拍数

 ゲート入り前にゲートの周囲で常歩しているときの心拍数は、平均するとおよそ100拍/分程度であったが、ゲートに入るだけで心拍数は170拍/分まで上昇した。これと似たような現象が、陸上選手がスタートする際にスターターの合図を待ちながら集中しているときにも認められることが報告されている。おそらくは、交感神経の緊張によるものであろう。
 ゲートからスタートすると、スタート後10〜13秒程つまり1ハロンくらい走ったときには、心拍数は220拍/分とほぼ最大の値に達し、レース中はそのままの値で推移した。トレッドミル上で常歩している状態から一気にトップスピードまで加速させる実験を行なっても心拍数はこれほど速くは増加しないので、レースに臨む際の事前の交感神経の緊張が果たす役割は大きいのであろう。
 心拍数がほぼレース中を通じて最大で推移していることは、もちろん心肺機能が最大限に働いていることを示している。しかし、競馬は心肺機能が主に関与する有酸素性のエネルギー供給だけでは賄えないくらい大量にエネルギーが必要である。つまり、筋肉内のグリコーゲン分解は亢進し、いわゆる無酸素性のエネルギー供給がフル稼動している状態にある。今回のジョッキーマスターズでは測定していないが、競馬学校生徒による模擬レースではレース10分後の血中乳酸濃度を測定している。その結果は、軽く20mMを超えており、予想通り非常に高いことが分かる。今回のジョッキーマスターズは、芝1600mで1分37秒台のタイムであったので、相当高い数値が得られたことだろう。
 何はともあれ、大変貴重なデータを得ることが出来た。関係者にあらためて感謝したい。

(競馬ブック 2009.1.5号 掲載)



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