競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.18

 サラブレッドは人類が作り出した最大の芸術品である、と言われることがあります。そんなおおげさなものではないにしても、サラブレッドという品種は、人類によって最初に体系的に改良が開始され、その改良が現在まで続けられてきた品種であることは間違いありません。ここで「体系的」というのは、(1)繁殖(血統)の記録と(2)品種として求められる能力の記録(サラブレッドの場合は競馬の成績)が過去にさかのぼれるようにきちんと残されているということを意味しています。これらの記録さえあれば馬のオーナーは自分の持ち馬の先祖のことを知ることができますし、正確な情報をもとに配合計画も立てることができます。サラブレッドの品種改良の歴史は、その後のさまざまな家畜の改良のお手本ともなっています。

レーシング・カレンダー

質問:本誌1月18日号に載った田島芳郎さんという方の「サラブレッド二島物語」、おもしろく読ませていただきました。日本に輸入された種牡馬の数は、最近ではイギリス産の種牡馬よりアイルランド産の種牡馬のほうが多いというのは、大変意外でした。それはともかくとして、田島さんの文章のなかに血統書と競馬成績書のことがでてきます。血統書のことはときどき競馬の本で目にします。確か第一巻にはサラブレッドの三大始祖馬の名前が書いてあるということだったと思います。もうひとつの競馬成績書というのは、血統書とは別のものなんですね。その辺、整理して教えてください。 (32歳 男性 競馬歴:10年)

答え:サラブレッドが現在まで連綿と改良が続けられ、能力が向上している背景には、冒頭で述べたとおり、(1)血統の記録と(2)競馬成績の記録の存在があります。それぞれの記録は、サラブレッドを考えた場合は切り離すことはできないように思えますが、一方は基本的には父と母が何という名前の馬だったかという記録であり、もう一方は競馬の成績であるという点で全く別のものとすることもできます。これらの記録を整理し単純化して、今日までつづくサラブレッドに関する2種類の記録集として刊行を開始したのはジェームズ・ウェザビーという人物です。
 ウェザビーは、まず1773年に、もっぱら競馬の成績を記載した「レーシング・カレンダー」という書名の記録集の刊行を開始しました。イギリス各地での競馬の成績をレースごとにまとめた便利なものといえます。もっともそれ以前にも、競馬の記録集は何人かの人の手によって発刊されていました。その辺の事情については、田島さんの記事にあるとおりです。
 レーシング・カレンダーは現在でも毎年、イギリスにおける競馬の公式な記録集として、ウェザビー家が経営するウェザビー社から刊行されています。またサラブレッドによる競馬を実施している国では、レーシング・カレンダーに範をとった記録集が何らかの形で発刊されています。ちなみにJRAの競馬の年間の全成績については、「競馬成績公報」という書名で毎年発刊されています。

■ジェネラル・スタッド・ブック

 一方、サラブレッドの血統の記録集である「ジェネラル・スタッド・ブック 第一巻」は、1793年に同じくジェームズ・ウェザビーによって刊行されました。彼はあちこちの牧場にそれまで集積されてきた繁殖台帳を整理するとともに、先人の未刊の血統記録集を上手にパクリ、この書物の刊行にこぎつけました。
 ジェネラル・スタッド・ブックに関しても、同様の記録集は他にもさまざまな形式の書物が刊行されていました。そうした多くの類書の中でジェネラル・スタッド・ブックだけが唯一生き残り、しかも以後200年間も刊行が続けられてきているのは、もっぱらそこで取り上げられている情報が単純でかつ統一がとれていたためと考えられます。
 ジェネラル・スタッド・ブック第一巻には、競走馬の繁殖に用いられた牝馬がアルファベット順にならべられ、各牝馬の産駒(性、毛色、父名)と馬主が年代別に列記されています。きわめて素っ気ない記載ともいえますが、サラブレッドの血統をたどるにはこれで充分といえます。この記載形式は2005年発行のジェネラル・スタッド・ブック第45巻まで連綿と受け継がれてきていますし、世界各国で発行されている血統書でもそっくり踏襲されています。ジェネラル・スタッド・ブックの歴史は、単純であることが息長い生命力の源となった例といえるでしょう。
 現在では、サラブレッドの血統に関して、世界中のサラブレッド生産国でジェネラル・スタッド・ブックに準じた形式の書物が刊行されています。ちなみに日本では日本軽種馬登録協会が「サラブレッド血統書」という書名で正式な記録集を発行しています。
 ところで、イギリスにおけるジェネラル・スタッド・ブックの刊行は、レーシング・カレンダー同様、ウェザビー家の人々の手によって受け継がれてきました。現在に至るまで、その刊行の責任者は第一巻の発行者であるジェームズ・ウェザビーの子孫、しかも男子の直系に限られています。なんともサラブレッド血統書の発行責任者にふさわしい伝統といえるでしょう。

(競馬ブック 2009.2.1号 掲載)


Back