競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.20 〜育成期のトレーニング:耐久トレーニング〜

 ブレーキングの後には、走路で人が騎乗したトレーニングが課される。この時期のトレーニングの目的は、競走期に行なわれる強度の強いトレーニングに備えての、いわゆる基礎体力の養成にあるといってよい。基礎体力という言葉は漠然としており、広く考えれば、運動に対する骨や筋肉あるいは靭帯の耐性を向上させることも重要と考えられるが、騎乗馴致後に行なわれるトレーニングの主たる目標は、いわゆる持久力の養成にあるとみなされている。持久力というと、普通は有酸素運動能力のことをさすが、ここでいう持久力はもっと大きな意味での耐久力といったニュアンスが強い性質のものでもある。

■トレーニングの期分け

 シドニー大学のEvansは競走馬のトレーニングを3つの段階に分けた考え方を提唱した。彼は、第1段階のトレーニングを耐久トレーニング(Endurance training)と呼び、主目的を持久力の向上においた。スピードは600m/min(ハロンタイムでいうとハロン20秒)以下とし、走行距離はできるだけ長距離とした。
 これに引続く第2段階では、無酸素的なエネルギー供給を刺激するのを主目的に、有酸素的なエネルギー供給能力と無酸素的なエネルギー供給能力の調和した向上を図る。スピードは最大スピードの70〜80%程度(750〜850 m/min:ハロン16〜14秒)、負荷距離は1000m以上を目安にしている。第3段階では、さらにトレーニングのスピードを上げ、加速も強化する。この段階は、いわば仕上げ期から競走期にあたる。育成期のトレーニングは、Evansの期分けによれば、概ね第1段階から第2段階の初期にあたろう。
 Evansの考え方は基本的には正しいものであるが、耐久トレーニングを行なう際の走行距離や持続時間あるいはその期間については、トレーナーによっても相違があり、国・地域によっても異なっているようだ。運動を負荷する場合には、そのスピード・持続時間・頻度をどうやって決定するかが重要であり、さらにトレーニングの形式を持続形式にするか反復形式にするかあるいはインターバル形式にするかなど、多くのバリエーションがある。

■耐久トレーニング

 Evansの期分けを持ち出すまでもなく、育成期の初期に行なわれるトレーニングは必然的にスピードの遅い耐久トレーニングになっているのが普通である。運動強度としては、運動中の心拍数は170〜180 拍/分程度で、高くても200 拍/分前後になっている。この程度の運動であれば、血中乳酸濃度は高くても2〜3mM程度であり、少なくとも有酸素性のエネルギー供給主体のトレーニングになっている。
 2歳の1月下旬から4月にかけて、駈歩を含む一般的なトレーニングを行なったグループと同期間速歩のみを行なったグループの最大酸素摂取量(VO2max)の変化を観察した研究によると、駈歩を含むトレーニングではVO2maxの増加がみられた。一方、速歩のみによっては、VO2maxは増加することはなかったものの、少なくともVO2maxは低下することはなかったという。また、同時期にスピードの遅い駈歩を長距離行なったグループと短距離行なったグループとの比較では、VO2maxには大きな差は認められなかった。これらの結果から考えると、騎乗馴致中に行なわれる運動で一端増加したVO2maxは、その後は弱い運動によっても維持されるようだ。

■北海道における育成期トレーニング

 北海道の胆振・日高地方は言うまでもなく日本におけるサラブレッドの主要生産地である。以前は現在のような屋内コースなどはなかったので、育成期に当たる冬季間は馬場の凍結により強度の高いトレーニングを負荷することは困難であった。しかし、近年ではJRAの日高育成総合施設や民間のトレーニング施設に多くの屋内コースが整備されたため(図1)、以前に比べるとトレーニングの質・量ともに充実したものとなっている。さらに、2歳春のトレーニングセールの普及に伴い、2歳の早い時期からハロン13秒程度で2ハロンほど走ることが求められるようになったため、トレーニングの進展度合いは以前と比較すると格段に進んでいる。北海道の冬季期間における育成期のトレーニングは、Evansの期分けでいうと既に第2段階にゆうに達しているといって良い。特に屋内坂路コースが完成してからは、無酸素性のエネルギー供給を刺激できるトレーニングも比較的容易にできるようになった。

(競馬ブック 2009.3.8号 掲載)



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