競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.20

 冬でも青々しいターフに返し馬のために散っていくサラブレッドたち。ジョッキーは、それぞれ赤や黄色の帽子をかぶり、水玉や星散らしなどの華やかで大胆な柄の勝負服を身につけています。そんな競馬場の景色は、私たちの眼には大変カラフルに映ります。

馬の色覚

質問:私は馬の眼が好きです。黒くて大きくて、じっとみつめていると吸い込まれそう。邪道かもしれませんが、私はパドックで迷ったら馬の眼で決めます。ばかにしないでくださいね。私、結構当たるんですよ。もっとも、買うのはいつも複勝、ここぞというときでもワイドですが・・。そこで質問ですが、馬はあの大きな眼でいったいどんな世界を見ているのでしょうか。 (33歳 女性 競馬歴:8年)

答え:馬は、質問者ばかりでなく私でもうっとりするくらい、大きな眼を持っています。直径はおよそ4.5センチで人の眼球の2倍、陸上にすむ哺乳動物のなかでは最大の部類に属します。モグラの眼球は小さくトンボは大きいなど、感覚器官の大きさは、動物がその感覚器官に頼っている度合いをある程度反映しています。その点で、馬は視覚の動物とすることもできます。
 馬は人と同じく2個の眼を持っていますが、人と同じなのはその個数ぐらいで、見ている世界は人とは相当に異なります。
 まずは色彩感覚について。
 太陽光をプリズムを通して分解すると波長の長い順に、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と七色の色が並びます。人はこれらの色を明確に識別して見ることができます。ただし哺乳動物で我々のようにくっきりと色を識別できるのは、人を含めた霊長類ぐらいで、他の多くの動物たちは、もっと淡い色の世界に住んでいると考えられています。
 馬に関しては、かつては色を全く感じることができないと考えられていました。しかし馬の眼の網膜にある視細胞の形態学的な研究や、馬の学習能力を利用した検査などから、馬はある程度は色を感じる能力があることがわかってきています。
 動物の眼の網膜には、桿体
(かんたい)と錐体(すいたい)という形の異なる2種類の視細胞が存在します。このうち錐体は色を感じることができる細胞であることがわかっています。馬の網膜にもこの細胞が存在することから、彼らが色覚を有することが推定されます。
 また、特定の色が塗られたカードと、明るさの同じ灰色のカードとを判別させる実験をしたところ、馬は黄色を最もよく区別でき、次いで識別が良好なのは緑であることがわかりました。一方、青、赤の識別を馬はまちがえることが多いようです。
 これらのことから、馬は色を感じることは可能ですが、その色覚域は黄色を中心に、人より狭い範囲に限定されていると推測できます。
 すなわち、サラブレッドの眼には、競馬場の光景は人の目に映るほどにカラフルには見えていないというわけです。

■馬の視野

 真っ正面から見ると、馬はかなり愛嬌のある顔をしています。ただしなんとなく間が抜けている感はいなめません。
 正面から見た顔が間が抜けて見える理由のひとつに、眼の位置があげられます。両眼の間隔は相当ひらいており、ほとんど頭部の真横に眼がついているといってもよいほどです。 馬のどうこう瞳孔は横長に開いていますが、その瞳孔の形状と眼球の位置により、馬はパノラマ的に世界を見ることができます。彼らの視野は実に 350度にもおよびます。またその広い視野の限界に向かって動く物体に対して特に鋭敏なしくみになっています。
 両眼がこのような位置にあることは、野生で生き抜くためには重要な要素でした。馬は、広い視野と、視野の端で動くものに敏感なおかげで、背後から忍び足で近づいてくる肉食獣をいち早く察知し、逃げのびることができたのです。
 もちろん、こうした特徴を現代のサラブレッドも受け継いでいます。この点を私たちは充分注意する必要があります。
 ときどき競馬場のゴール近くで、馬がなだれ込んできたときに紙ふぶきを舞い上げる人がいます。テレビ映像の中で、ゴール前にいる自分を目立たせようという、浅薄な自己顕示欲によるものと考えられますが、そうした行為は絶対に慎まなくてはいけません。紙ふぶきが舞い上がる様子が眼に入った馬が、一瞬ひるんだり横に逃げたりして、勝てる競馬が勝てなかったということも充分にありえます。そうした行為は、公正な競馬の妨害行為といえるのです。

(競馬ブック 2009.3.15号 掲載)


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