|
競馬場は音にあふれています。ファンファーレ、手拍子、歓声。どれも大レースの盛り上がりには欠かせません。これから始まるドラマへの期待を胸に、ゴール前の人ごみの中にいると鳥肌さえ立ってきます。まさにライブ競馬でしか味わえない雰囲気といえるでしょう。もちろん馬の耳にもこれらの音は届いています。しかし、それでひるんでいるようではいけません。ファンの大歓声を含んだすべてが競馬であり、その雰囲気に飲まれずに実力を発揮するのが、真の名馬といえるからです。
■馬の聴覚
質問:世の中では、馬耳東風なぞと言って、馬の耳は節穴みたいに考えられているようですが、私はあれは間違いだと思います。馬はよく耳を動かしていますし、騎手が騎乗して気合が入ったときには耳をピンと立てて、全神経を前方に集中しているように見えます。ということで、私は、馬の聴覚はきっとすぐれているに違いないと思っているのですが、いかがでしょうか。 (31歳 男性 競馬歴:6年)
答え:ご指摘のように、馬の耳は節穴どころか、人と同様すぐれた聴覚をもっています。また、音で距離をかなり正確に判断することができ、人の耳では聞けない超音波も、ある程度は聞き取ることができます。
音は空気の振動として伝わります。1秒あたりの振動数(周波数。単位はヘルツ)が少なければ低い音、振動数が多ければ高い音に聞こえます。ただし、聞きとることのできる音の周波数の範囲(可聴域かちょういき)は、動物によって異なります。
たとえば人の可聴域は16ヘルツから2万ヘルツの範囲で、その範囲を越える音は超音波と呼ばれます。馬は、高音に関しては人の可聴域を超える3万ヘルツのいわゆる超音波まで聞くことができます。一方、低い周波数帯での聴力は、人に比べると馬のほうが劣っています。すなわち、馬が聞いている音の範囲は、全体として人よりやや高音域にずれているとすることができます。
もっとも、多くの哺乳動物の可聴域の上限は、人を上回っています。たとえばネズミは4万ヘルツ、ネコは5万ヘルツ、イヌは8万ヘルツの音まで聞き取ることができます。イヌの訓練に使う犬笛は2万ヘルツ前後の音がでるように設計されています。犬笛の音は人にはやっと聞こえる程度ですが、イヌには良く聞こえています。
一方、低音に強いのはゾウです。ゾウは人には聞き取ることのできない超低周波数の音で、遠く離れた群れ同士で交信をしているそうです。
こうして動物界全体を見渡すと、可聴域に関する限り、馬は比較的人間と同じ様な音の世界で生活しているといえるでしょう。
■音の記憶
また馬は音と結びつけてものごとをおぼえる能力に長けています。トレーニングセンターで飼われている競走馬が、朝、自分の担当きゅう務員の足音やバイクの音を聞き分けて、「はやく飼葉を食べさせて」とばかりに、いなないたり前がきをしたりするのは、きゅう舎関係者なら良く知っています。姿が見えなくても、足音の微妙な違いや、車種によって異なるエンジン音をおぼえており、その音が聞こえれば間もなく餌がもらえるということを馬はわかっているのです。
また部外者が名前を呼びかけても知らんぷりをしているのに、普段からその馬と交流のある人が呼ぶとすぐに振り向いた、といった経験をしたことのある人もいるかもしれません。これは、馬が見知らぬ人をばかにしているからではありません。声の質を聞き分けて反応しているのです。
また、こうした「音の記憶」は、かなり長期間保持されているようです。
筆者はかつて、引退して数年を経ているオープン馬で、現在は乗馬として飼われている馬と、外国から乗用馬として購入された全く競馬の経験をもたない馬に、競馬のファンファーレを聞かせたことがあります。馬の、音に対する認知能力と記憶力の良さを示そうとしたわけです。
競馬経験のない乗馬は、案の定ファンファーレを聞かせても全く無反応でした。心拍数を同時に記録していましたが、ファンファーレを聞かせても、心拍数には変化は認められませんでした。
ところが、競馬の経験が豊富なかつてのオープン馬の心拍数は、ファンファーレに反応してみるみる上昇しました。ファンファーレによって、数年も前の現役競走馬時代の記憶がよみがえり反応したものと思われます。
(競馬ブック 2009.4.26号 掲載)
|