競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.23

 “アンライバルド”
 まさに“敵なし”。その名前の如く、彼は皐月賞を圧勝した。単勝3番人気。レース直前、パドックを周回する彼の動きに目が止まった。あのウマに似ている。そう、ディープインパクトだ。どこが? 詳細に分析すれば、違うかもしれない。が、馬体のトップライン―背のライン―の動きが、とにかく“しなやか”なのだ。あのディープがそうであったように・・・。そこで今回は、データよりも“直感”と“推察”に頼って話を展開しよう。

■背の“しなやかさ”がもたらすモノ

 このシリーズが始まったとき、ディープの走りを様々な角度から検証した。彼に跨った武豊騎手は、その走りを“チーターのようだ”とも表現した。科学的な分析の結果、彼の走法は、たしかに背骨の“しなやかさ”が際立っていた。改めて説明しよう。その要点は二つ。(1)背骨−特に腰椎−のしなやかさを活かして、骨盤を大きく回転し、後ろアシを前に大きく振り出す。(2)後ろアシで踏ん張って背骨を伸ばし、前アシをできるだけ前方に着地して歩幅を稼ぐ。これこそ、ギャロップという最速のテクニックが生み出された真の理由なのだ。

■それは優駿の証?

 皐月賞のパドックに目を戻そう。アンライバルドのトップラインの動きだ。とにかく“しなやか”。ただ柔らかいわけではない。背骨の動きに、≪波動≫とも言える“しなり”がみえる。それも、“うねり” のように、後ろから前方に向かって伝わる。たとえば、こう考えて欲しい。床にまっすぐに伸ばして置いたロープを思い浮かべよう。ロープの一端を握り、上下に強く振る。そのとき、ロープにできた“たわみ”を前方に押し出すようにしよう。するとロープのたわみは、波動となって順次、前方へと移動していく。いわば波のエネルギーの伝わり方だ。そんな動きが私には、アンライバルドの背に見えた。後ろアシの作る推進エネルギーが、背骨を通り、前躯に送り出されているようだ。それは、馬術でいえば“スルー:through”と呼ばれる動きに近いだろう。まさにパワー伝達路としての動きだ。
 背骨のこの動きは、日々変わるものではない。それを備えたウマが必ず勝てるわけでもない。だから、勝ち馬予想の決め手にはならない。が、それが優駿の証の一つであることは間違いない。天性の素質か。あるいは鍛錬の賜か。たぶん、その両方だろう。どうれば、その素質を磨けるのか・・・。

■“歩き”が磨く背骨のしなやかさ

 知っているだろうか。現場では、日々の歩き:常歩(なみあし)が注目されていることを。それものんびりした“ウマなり”の歩きではない。調教で求めるのは、秒速約2m(時速7km強)の歩き。ヒトがおおよそ秒速1.2m(時速4km強)だから、これは速い。それはバイタルウォーク(Vital Walk)とも呼ばれる。チョコマカ歩いては意味がない。大股で歩かせるのだ。バイタルウォークには、どんな効果があるのだろう。たとえば、大股で速く歩いてみよう。思った以上に息が上がるはずだ。それは心肺機能の鍛錬や筋トレにもなる。が、それは“体”の世界。詳しい説明は、平賀先生に譲ろう。
 “技”からみたら・・・。それは、ウマにとっては背骨のしなやかさが求められる運動だ。それも横方向のしなやかさだ。左右の後ろアシが交互に振り出される。振り出されたアシと同じ側に、背骨が大きく曲がる。大股になればなるほど、その曲がりは大きくなる。キャンターやギャロップでは、背骨は横方向にほとんど曲がらない。“尺取り虫”のような上下方向の屈伸が主体だ。だからキャンターやギャロップだけで、背骨の横方向のしなやかさは鍛えられない。横方向のしなやかさを失えば、尺取り虫のような上下方向の屈伸も制限される。波動性のある背骨の動きもそがれるだろう。バイタルウォーク効果の一つが、そこにある。

 アンライバルドがみせた背骨のしなやかさ。“波動”のような背骨の“しなり”は、彼の資質に加え、牧場や厩舎関係者の努力の賜だ。「空を飛んだ」。レース翌日、岩田騎手は、そうコメントしたという。ディープの再来か? そこで個人的に彼の専属装蹄師に聞いてみた。「蹄鉄の減り方は早い。2週間もたない」。蹄鉄を減らさないディープとは、そこが違った。が、優駿の証である背骨の“しなやかさ”は共通だ。
 アンライバルド。次のレースでは、どんな走りを見せてくれるのだろう。私の視線は、しばらく彼に釘付けだ。

(競馬ブック 2009.5.3号 掲載)


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