競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.24

 春のG1レースも、今が佳境。古馬たちの、練り上げた≪走り≫も面白い。そして“オークス”、“ダービー”へと続く。そこで繰り広げられる若馬たちの未完の≪走り≫。それもまた魅力的だ。そんな優駿を育てる調教法の一つが、バイタルウォーク。“大また”で、躍動的な≪歩き≫だ。前回に続き、バイタルウォークのメリットをさらに探ってみよう。

■≪歩き≫と≪走り≫

 まずは基本から・・・。
 動物は、アシを使って地上を移動する。陸上歩行と呼ばれるテクニックだ。それは≪歩き≫と≪走り≫に大別できる。二足のヒトは、≪歩き≫と≪走り≫の2種類のみ。が、四足の動物は、大別すれば4つのテクニックを使い分ける。だから、呼び方がいろいろある。
 ヒトの≪歩き≫に当てはまるテクニックは、ウォーク(walk)。“常歩”と書いて、「なみあし」または「じょうほ」と呼ぶ。
 ヒトの≪走り≫に該当するのは、トロット(trot)だ。学問的には“速歩”。「はやあし」または、「そくほ」と読む。軽い速歩を、厩舎では俗に“だく”とも言う。一説には、速歩の一種、ラック(rack)が語源だとも?
 ここからは、四足の動物だけに許された≪走り≫。それがキャンター(canter)とギャロップ(gallop)だ。前者は“駈歩”と書いて、「かけあし」または「きゅうほ」。後者は“襲歩”。読みは、なぜか「しゅうほ」のみ。
 競馬はふつう、ギャロップでの速さを競う。もちろん最速のテクニックだ。が、それは、膨大な時間をかけた進化の産物だ。

■続・それは魚から受け継いだ

 「前アシは魚の胸ビレ、後ろアシは腹ビレから・・・」。このシリーズ、第17話で、そう説明した。覚えているだろうか。アシだけではない。陸上歩行の基本“常歩”もまた、魚から受け継いだ。“両生類”が、その開発者だ。浅瀬に進出した彼らは、背骨を左右にくねらせ、前進した。それは魚の“泳ぎ”の動作だ。胸ビレと腹ビレが地表をつかみ、効率よく体を前に送り出した。ヒレからアシへ。ドラマチックな大改革だ。ここで、パドックを周回するウマたちに目を向けよう。“常歩”で歩くウマ。アシの着地する順番に注目だ。
 《左後肢→左前肢→右後肢→右前肢》
 
これが繰り返される。この動きの連鎖は、一部の例外を除けば、両生類の子孫である脊椎動物のすべてに共通だ。もちろんヒトも同じ。試しに《はいはい》してみよう。このマナーと同じ順番で動いているはずだ。もし違うなら、あなたは地球外生命の子孫かも・・・。
 この順番は、魚の“泳ぎ”から生まれた。図を見て欲しい。背骨の横方向への曲がり方に由来するのだ。それがウマやヒトにも受け継がれている。だから、大股で歩くほど、背骨の横方向への屈伸が求められる。そう、背骨の柔軟性が鍛えられるのだ。

■まだある、“歩き”のメリット

 たとえば、2頭のウマが並んで運動している。1頭は常歩、1頭は速歩だ。が、その速度が同じだったら・・・。常歩の方が、“大また”だ。“チャカ”ついているウマを思い出そう。それは、“小また”の速歩だ。アシの動きは速い。が、常歩で周回するウマよりも動きは小さい。“だく”と呼ばれる軽い速歩でも、バイタルウォークに比べれば、アシの動きは小さいはずだ。うっかりすれば、遅いキャンターでも、そのアシの振り幅は、常歩よりも小さいだろう。速歩やキャンターは、空中を跳んで歩幅を稼ぐテクニック。常歩は、アシの振り幅だけで歩幅を稼ぐテクニック。だから、速い常歩では、アシの大きな動きが必要だ。私たちだって同じこと。自分自身に当てはめれば判るはず。つまり、《バイタルウォークは、肩甲骨と肩関節、骨盤と股関節の動きを大きくする》と、いうことだ。
 速歩やキャンターの効果は? それは、下肢部の柔軟性を高める。特に球節だ。蹄のすぐ上にある球状の関節−ヒトの指の付け根に当たる関節−だ。下肢部の柔軟性は、アシを怪我から守る。
 ギャロップ調教の重要性は、言うまでもないだろう。が、“追い切り”だけではだめ。トータルフィットネスの維持には、常歩、速歩を含めた効率的な調教が大切なのだ。

 ウマの筋肉の動きを、特殊な機材−筋電計−で測定していたときのことだ。歩いているのに、後ろアシの筋肉は、ほとんど使わない。驚いた。が、“歩き出し”の数歩、登坂あるいは大またで歩けば、後ろアシの筋も活動する。だからこそ、調教用の“歩き”は“バイタル”でなければ・・・。そう思わされた事実だった。

(競馬ブック 2009.5.24号 掲載)


Back