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追い切り調教は、競馬と同様なスピードで行なわれる運動強度の高いトレーニングである。新聞紙上などでは、Dウッド5ハロン70秒とか坂路4ハロン53秒といった数字が良く出てくる。追い切りは、競馬に不可欠な全力疾走でのトレーニングなので、スピードを鍛えるための調教である。しかし、忘れてはならないのは、全力疾走時には心肺機能は100%フルに働いているということである。つまり、スピードを鍛えながらも同時に心肺機能の鍛錬にもなっているのである。
ところで、近年のトレセンにおける追い切りに関していうと、坂路コースは直線コースで距離が決まっているので、追い切りが4ハロン程度になるのは当然として、楕円コースであるウッドチップコースなどでも5ハロンくらいの追い切りが多く、長めの追い切りは少ないようだ。
競馬場時代からトレセンへの移動初期の調教法を良く知る元調教師の方のお話によると、以前は8ハロンくらいの追い切りは珍しくなく、菊花賞や天皇賞など長距離レースの際には、10ハロンの追い切りを行なう調教師の方もおられたという。
そのようなタイプの長めの追い切りが徐々に減っていき、今のような形式に収束してきたのには様々な背景があるのであろうが、坂路コースの導入がその1つになっているのではないかと思っている。
■坂路コースの導入と利用
栗東トレーニングセンターの坂路コースは昭和60年に完成し、その後2回の延長工事の後、平成4年に現在の馬場が完成した。一方、美浦トレーニングセンターでは平成5年に完成し、その後延長工事が行なわれ、現在に至っている。
栗東トレーニングセンターに導入された当初から利用していたという故戸山為夫調教師の著書「鍛えて最強馬をつくる」には、当時の思い出が綴られている。当初は、戸山調教師や渡辺栄調教師などが試行錯誤を繰り返しながらの使用であったという。どのようなスピードでどのくらい走ればよいかといった問題ももちろんであるが、コースの延長に伴って調教法を変更するなど、ご苦労があったことと思う。
坂路コースの導入の後、坂路の申し子といわれるような競走馬も現れるようになる。その代表馬の1頭がミホノブルボンであり、いうまでもなく戸山調教師の手になる競走馬である。おそらく運動生理学的に考えたときに、心肺から骨格筋にいたるまでの酸素運搬系機能が最も鍛えられた競走馬の1頭であると思う。
前掲の「鍛えて最強馬をつくる」によると、ミホノブルボンをスプリンターと判断した戸山調教師が、ダービーをはじめとする中長距離レースを克服するために、坂路コースでの調教を何本も課して鍛錬したという。普通でも3本、多いときには4〜5本の坂路調教を行なったという。そのときのスピードなどの詳細な記録は手元にはないが、実に興味深いものがある。スピード馬と思われたミホノブルボンが坂路調教で持久力を付けていったわけだが、今から考えてみて、戸山調教師の試みは慧眼であったといわざるを得ない。パイオニアとしてのミホノブルボンの心肺機能の発達に関する科学的な裏づけについては、おいおい探っていくことにしたい。
■坂路コースでの調教の特徴:上り坂と反復運動
坂路コースの特徴というと、もっとも大きな特徴のひとつは上り坂を利用しているという点であることは論を待たない。しかし、坂路調教には、上り坂を利用するということだけにとどまらない特徴があることが分かる。そのひとつは、長さの決まっているコースであるという点である。長さが決まっているということは、必然的に1本走り終えるたびに戻ってこなければならないということを意味する。そして、1本の距離が600〜700mだと短く感じられるので、もう1本あるいは2本といった具合に、調教の形式が自然と反復形式になっていくという特徴がある。
反復形式のトレーニングは、基本的にはどこでも可能であるが(ウッドチップなどの楕円コースでも)、坂路コースを利用すると大変容易に行なうことができる。そのほかにも、直線コースであることや表面素材がウッドチップであるなどの特徴もあるが、上り坂であるということとともに、調教の形式が反復トレーニングにシフトしていったことが大きな変化であったと思う。現在では、坂路コースと楕円コースの併用による反復トレーニングもごく一般的なものになっている。
さて今週は第76回日本ダービー。第59回日本ダービーはミホノブルボンが逃げ切った。今年のダービーは各陣営がどのような追い切りを行ない、どんなレース展開になるか。
(競馬ブック 2009.5.31号 掲載)
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