競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.24

 JRA競走馬総合研究所(JRA総研)は今年で創立50周年を迎えました。先日は、福田栃木県知事、稲葉日光東照宮宮司など、地元栃木県の名士の方々などもお招きして、記念式典を開催したところです。

競走馬総合研究所の50年

質問:僕は競馬ブックの愛読者なので、競走馬総合研究所の存在はよく知っています。僕ほどディープではない競馬ファンでも、その名前を知っている人は結構います。有名なんですね。さて、競馬は終わってみなければわからない、とよく言われます。馬券が外れれば悔しいのですが、わからないからこそおもしろいともいえます。競馬の勝ち負けや、サラブレッドの配合はロマンのまま置いておくとして、競馬が毎週滞りなくおこなわれ、楽しく公正なものであるためには、科学技術のサポートが重要なんだろうと思います。だからこそJRAに研究所があるのだと思うのですが、今まで研究所の仕事はどんな形で競馬に貢献してきたのでしょうか。 (38歳 男性 競馬歴:15年)

答え:JRA総研は昭和34年に東京・世田谷の地に競走馬保健研究所の名前で設立されました(昭和52年に現在の名称に変更)。当時は競走馬の数が少なく、使い詰めで故障も多く競馬番組の編成に支障が出るほどでした。事故を予防し、故障馬を少しでも早く競走に復帰させるというのが、研究所設立当初の大きな目的でした。
 その後、日本経済は発展し競走馬も多く生産されるようになりました。昭和56年、JRA理事長の諮問機関である「馬事振興研究会」が、日本の競走馬の質を世界水準に高めるべく『強くて丈夫な馬づくり』を答申しました。JRA総研に新たな目的が加わったわけです。
 この間、JRA総研の科学的業績は、さまざまな形で競馬に貢献してきています。
 たとえば故障馬の競走復帰ということでは、まず全身麻酔法と競走馬用手術台の開発があげられます。骨折馬を競走に復帰させるために、手術が必要となることが多くあります。手術には麻酔がつきものですが、競走馬に対する安全で確実な麻酔の方法については、昭和30年代から40年代にかけてJRA総研で広く研究がおこなわれました。そうした研究を基礎に競走馬診療部門での改良が加わり、現在では年間約300頭の現役競走馬が安全な全身麻酔下で手術を受け、競走に復帰しています。
 競馬や調教中の競走馬の骨折予防にもJRA総研の研究は役立っています。競走馬は時速60kmを超えるスピードでレースをしています。骨折はつきものとはいえ、少しでも減らそうという努力を怠たるわけにはいきません。JRAは昭和50年代末に、競走馬の事故防止に全部門をあげてとりくむべく、事故防止対策委員会を発足させました。JRA総研はこの委員会に参加し、馬場の砂厚・ハローがけ・散水等が馬体におよぼす影響などさまざまな調査データを提供し、それをもとにJRAは種々の対策を実施してきました。JRA総研の貢献もあり、一時2000頭を数えた年間全骨折馬頭数も、現在では1000頭程度にまで減少しています。
 競馬の円滑な開催ということでは、感染症の予防に関する研究も忘れてはなりません。平成19年夏、馬インフルエンザが日本に侵入し、JRAの競馬開催が2日間中止になったことは記憶に新しいことと思われます。ただし開催中止が2日間で済んだのは、JRA総研栃木支所の日々の研究(ワクチンの開発と接種、診断キットの実用化等)が貢献したことは間違いありません。実は昭和46年に一度、馬インフルエンザが日本に侵入したことがあります。このときはワクチンはまだ開発途上で、感染はまたたくまに広がり、関東地区の競馬開催中止は2ヶ月におよんだのでした。

■競馬の魅力向上

 JRA総研は競馬の円滑な開催をサポートするばかりでなく、その魅力の向上につながる研究にも精力を払っています。
 競馬場に来てまず目を奪われるのは、広大な緑の芝馬場でしょう。一面の緑にはカラフルな勝負服がとても映えて見えます。しかし夏でも冬でも、そうした感動を味わってもらうために、この緑を年間を通して維持するのは大変な努力が必要とされます。
 日本は四季の寒暖の差が大きい国といえます。夏に青々としている暖地型の芝は冬には枯れてしまいます。かつて年末の有馬記念は、茶色く枯れた、はげかかった芝馬場で行われるのが恒例ともいえました。それはそれで風情があったような気もしますが、現在では有馬記念ですら緑の芝馬場で行われています。この秘密は寒さに強い(ただし夏には枯れる)芝草の種を秋口にまく、オーバーシードという技術にあります。この技術の導入ならびに改善にはJRA総研の施設研究部門が大きくかかわっています。
 強い馬づくりの最近の成果としては、GPSと心拍計を組み合わせた競走馬の体力測定システムの開発があげられます。調教が進んでくると速いスピードで走っても心拍数がそれほど上がらなくなるという生理現象を利用したもので、現在では厩舎に対する年間のアドバイス件数は300件におよんでいます。
 その他、取り扱い易い競走馬にするための馴致教育法の研究、競走馬の海外遠征にともなう時差ボケの研究、ディープインパクトのフォームの研究など多方面の研究が、円滑な競馬開催を支えるばかりでなく、競馬の魅力の向上に貢献してきています。
 日本の競馬は、獣医師や馬場土木の専門家などの高い技術によって支えられているといっても過言ではありません。そうした技術を維持発展させるためには、基礎となる研究が必要不可欠なことと考えられますが、いかがでしょうか。

(競馬ブック 2009.6.7号 掲載)


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