競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.25

 ≪パドックを歩く馬の蹄から「カポッ、カポッ」と、お椀を伏せるときのような“音”が聞こえることがある。そういう馬は、やる気がなく、力が抜けすぎているので「消し」だ。と私は教えられた。−中略− そろそろ、この音の問題に決着をつけよう≫

 そんな記事に目がとまった。2月2日発売の本誌。島田明宏さんのエッセイ≪競馬ことのは・Vol.55≫の書き出しだ。“音の馬券術”を編み出すために、彼はパドックで、そんな音が聞こえるウマに“Pマーク”を付けるそうだ。次の号にも続編が寄せられていた。おもしろかった。心技体にも通じる。今回は、この記事を素材に解説を試みよう。

■“P”音が聞こえるとき!

 それは、蹄の外周部分が同時に接地するときだ。お椀を伏せるような動作を思い浮かべて欲しい。硬い平らな路面であれば、なおさら、そんな反響音が生まれやすい。たとえばパドックだ。
 なぜ、反響するのだろう。蹄のカタチにも秘密がある。蹄の裏側を見てみよう。そこはお椀のように、くぼんでいる。つまり蹄は、その外周だけで接地している。蹄鉄が“U”字型なのも、接地する蹄の外周に合わせているからだ。蹄の外周部分が同時に接地すると、だから“P”音が聞こえる。蹄の裏側のくぼみに反響するからだ。裏側のくぼみが深ければ、なおさら反響しやすい。が、外周のどこか一部が先に接地すると、蹄音は響かない。島田さんが表現すれば、「カポッ」から“P”が抜けて、「カッ、カッ」? 蹄鉄が路面に衝突する硬い音だ。「カッ」に比べ、なぜ、「カポッ」は“消し”なのか。理由の一端を探ってみよう。 

■蹄はどこから着地するのか?

 装蹄師の間で、それは昔から論議されてきた。古い蹄鉄を外す。伸びた蹄を切る。蹄の負面(下面の外周)を平に整える。このとき、伸びた蹄のどこを多めに切り取るのか。その調整が難しい。そこで、あるセオリーが生まれた。“蹄は平らに着地するべきだ”、という考え方−平坦踏着説−だ。つまり“P”音が聞こえるような蹄が良い、というわけだ。が、歩く速さや歩幅が変われば、蹄を常に平らに踏みつけるのは難しい。ましてや速歩、キャンター、ギャロップへと歩法が変われば、平坦踏着はリスクにさえなる。
 だから、今では“カカト”から先に接地するという考え方−蹄踵(ていしょう)先着説−が優勢だ。特に前アシでは、そうだ。カカトから踏めば、つま先が地面に刺さる危険は少ない。蹄は適度に滑り地面からの逆圧を逃がす。そのうえカカトの内部には、弾力に富んだマシュマロのような構造物が詰まっている。その構造も、蹄踵先着説を後押しする。この着き方なら、“P”音は聞こえない。が、しかし、・・・。

■競走馬に それは通じない?

 そう、現役競走馬の多くは、“つま先”から着地する。専門的には蹄尖(ていせん)先着と呼ぶ。前アシですら、そうだ。その理由は、速さを求める日々の調教にある。このシリーズで以前、アシの推進力について書いた。ギャロップでは、前アシも意外と大きな推進力を発揮する。それは本来、ウマ自身の重さが作り出す推進力だ。が、“より速く”が、“より積極的な”動きをプロデュースする。前アシですら、着地の早い時期からアシを後ろに引こうと、多くの筋を動員するに違いない。その意欲が、歩くときにも、つま先からの着地を演出するのだろう。まさにバイタルウォークの実践だ。もちろん、そんな歩きを見せるウマに“Pマーク”は付かない。
 ふたたび島田さんの記事に戻ろう。
≪ほどよくリラックスしてリキみがないから、「カポッ」と音がでる、とプラスにとらえた方がいいケースもあるのでは・・・≫
 彼は重賞を含めた19レースで、“Pマーク”が付いたウマの成績を調べた。(1−2−3−4着以下)の形式で頭数を記すと(1−5−5−41)だったという。これをどう読むか? それは島田さんと読者に任せよう。が、“Pマーク”が付くウマの動きは、やはり競走馬らしくはない。だから島田さんや、その先輩たちの見方もまた、あながち的外れでもない。と、そう思う。

 “蹄尖先着”はふつう、常歩や「チャカ」ついているときに限られる。そんな競走馬も、現役を引退すると、いずれは“蹄踵先着”に変わっていく。彼らの体から、競走馬時代の記憶や緊張感が薄れるからだろう。ただし、競走馬といえどもギャロップでは、蹄踵先着が基本だ。が、その詳細は次号で・・・。

(競馬ブック 2009.6.14号 掲載)


Back