競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.26

 前回は、島田明宏さんの記事から話題を拝借。パドックをまわるウマ。その蹄から聞こえる「パカッ」という音(“P”音)の意味を考えた。それは、蹄が平らに着地したときに聞こえる。が、鍛錬を積んだ競走馬の多くは、パドックでは“つま先”から先に着く。そんなウマからは、“P”音は聞こえない。だから巷では、“P”音が聞こえるウマは、「消し」だという。ただし、それは歩いているときのこと。ギャロップで走るとき、蹄はどんなふうに着地するのか? 探ってみよう。

■着地の瞬間には危険がいっぱい!

 歩くときは“つま先”から着地する。が、ギャロップでは、そうはいかない。瞬間的には時速70kmを超えるからだ。アシは一歩ごと、前に振り出される。そのたび、アシは路面に斜めに突き立てられる。その瞬間、アシは大きな逆圧(制動力)を受ける。特に前アシ。それは、棒高跳びの「ポール」の役割だ。地面から受ける制動力は、後ろアシよりも大きい。そんな前アシが、“つま先”から着地したら・・・。“つま先”が地面に突き刺さる。蹄は前に滑らず、急停止だ。下肢部はまっすぐに伸びたまま。関節は曲がりにくい。衝撃をうまく抜くこともできない。その結果は・・・。想像するだけでも恐ろしい。
 話は飛ぶ。日本ではスパイク蹄鉄は禁止だ。が、米国の競馬では、スパイク蹄鉄を使う。いろいろなタイプがある。カカトに円柱形のスパイクがある蹄鉄。つま先に高さ1cm、横幅5cmもある板状の突起が付いた蹄鉄。“出っ歯”のようにみえる。だから“歯鉄”と呼ばれる。米国では今、スパイク蹄鉄を禁止する動きがある。それを履いたウマたちの事故は、致命的なケースが多いからだ。この事実は、着地に潜む危険を裏付ける。

■危機管理のための“秘策”その1

 ウマたちにも、それなりの秘策はある。まず、“つま先”からの着地を避ける。わずかに早く“カカト”から着こうとする。これなら蹄は地面に刺さりにくい。前方にやや滑りながら停止する。衝撃も多少は緩和できる。極端な例だが、スキージャンプを思い出そう。スキーの“舳先”から着地する選手はいない。スキーのテールから接地するから、あの高度と飛距離でも安全なのだ。
 競走馬なら、向こう正面やホームストレッチをイメージしよう。そこでは、大きなストライドが求められる。そんな走りでは、普通“カカト”から着地する。さらにゴール板を過ぎた減速シーン。そこでも“カカト”から先に着く。

■危機管理のための“秘策”その2

 さらなる秘策がある。アシを後ろに引き戻しながら着地するのだ。後ろに引き戻す速度が速ければ速いほど、地面からの逆圧(制動力)は小さい。たとえばウマが時速60kmで走っているとしよう。アシが前に振り出される。最大に振り出されたアシは、後ろに引き戻されながら着地する。このとき、後ろに引き戻されるアシ先の速度が時速60km(ウマの進行方向とは逆向きの速度)なら・・・。理論上、制動力は“ゼロ”。だから、疾走中、アシを後ろに引き戻しながら着地する。制動力を小さくするためだ。向こう正面でも、ホームストレッチでも、そんな秘策を使う。ただし、ゴール後の減速シーンは様子が異なる。あえてアシを前に投げ出したまま着地する。制動力を利用するためだ。だからそのとき、なおさら“カカト”から先に着くことになる。

■例外はスタートダッシュ!

 引き戻されるアシ先の速度がウマの前進速度を超えれば・・・。着地と同時に、アシは地面を後ろに引っ張ることになる。つまり、着地と同時に推進力を発揮するのだ。たとえばスタート直後のダッシュ。そのとき、ウマは小股でピッチを稼ぐ。アシ先は、ウマの速度を超えて、素早く後ろに引き戻される。4本のアシすべてが、推進力の発揮に特化するのだ。制動力は限りなく“ゼロに近づく。危険は少ない。だから、“つま先”から着地する。それは、まるで地面をつかむような動作だ。そして流れに乗り、位置取りが決まる。向こう“流し”にかかる。大きなストライドに変わる。蹄は・・・。そう、“カカト”から着くようになる。

 競走馬だって、大きなストライドで走るとき、減速するときは、“カカト”から先に着く。それは逆圧からアシを守る安全対策のひとつだ。が、スタートダッシュでは、地面をつかみ取るように“つま先”から着く。小股の走りを使うからだ。ヒトだって同じ。ゆったり走る中距離走や長距離走なら“カカト”から、短距離の全力疾走なら“つま先”から・・・。ウマもヒトも、走り方に応じて、うまく切り替えている。と、いうことだ。

(競馬ブック 2009.7.5号 掲載)


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