競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.26

 サラブレッドの改良300年の歴史の中で、その走能力は明らかに向上してきています。ただし走破タイムの短縮という点からみると、騎手の技術の向上も無視はできません。騎手の騎乗姿勢は、サラブレッドによる競馬の開始当時に比べると大きく変わっています。その最も大きな変革は、今から110年ほど前の米国で開始されました。

モンキー乗りと天神乗り

質問:保田隆芳さんの訃報に接して、急に昔のことを思い出しました。私の競馬入門は、なんといってもトウショウボーイです。かたい馬券でしたが、小遣いは結構増えたと記憶しています。そのトウショウボーイを調教していたのが保田さん。新聞には、トウショウボーイのことも紹介されていましたが、モンキー乗りを日本に普及させた騎手でもあったと書かれていました。私は、競馬の騎手はずっと昔からモンキー乗りをしていたのかと思っていましたが、意外と新しいスタイルだったのですね。 (54歳 男性 競馬歴:33年)

答え:去る7月1日に亡くなられた保田隆芳さんは、騎手としては第二次世界大戦以前からのキャリアをお持ちでした。ただし彼の代表的騎乗馬はなんといっても戦後の名馬ハクチカラといえます。
 ハクチカラは1956年のダービー馬で、目黒記念、天皇賞、有馬記念など国内では32戦20勝と活躍しました。その後、日本の現役競走馬として始めて渡米。帯同したのは主戦ジョッキーだった保田さんでした。米国ではハクチカラは保田騎手を背に5戦しましたが、残念ながら勝ち星をあげることはできませんでした(その後、米国人騎手で重賞競走を1勝した)。
 ハクチカラを米国に残し、失意のうちに単身帰国した保田騎手でしたが、2ヶ月の米国滞在は、実は彼にとって大きな転機となりました。それがかの地におけるモンキー乗りの習得です。
 競馬での理想的な騎乗としては、(1)馬と騎手の重心の一致、(2)最小限の風圧、(3)馬の動きを妨げない等のことが求められます。それまで日本の競馬は、アブミを長くして尻を鞍につけ、背を垂直にして騎乗する「天神乗り」が主流でした。「天神乗り」は、どうしても馬の動きを妨げますし、騎手は風圧をもろに受けてしまいます。
 本場のモンキー乗りを習得して帰国した保田騎手は、これを武器にそれまで以上の活躍を示し、自身初のリーディングジョッキーの座を射止めました。この好成績を期に、モンキー乗りは一挙に日本の競馬の世界に普及し、保田騎手はモンキー乗りの導入者として、日本の競馬史に名を刻むことになりました。
 もっともそれまで日本で騎乗している騎手でモンキー乗りをしていた人はいました。比較的有名なのは、進駐軍として来日し、1955年除隊したあと1年間中央競馬で騎手をしたロバート・アイアノッティという人物です。彼は初騎乗、初勝利という記録こそ残しているものの、その後は特に抜きん出た成績はあげていないようです。残念ながら彼はモンキー乗りの日本における普及者という栄誉を得ることはできませんでした。競馬の世界では成績こそもっとも説得力があるということを端的に示しているものと考えられます。

■トッド・スローン

 モンキー乗りが日本で普及したのは、上述のように戦後ですが、この騎乗法そのものは19世紀末に米国で考案されました。
 1884年のある日、サンフランシスコの競馬場で調教をしていたトッド・スローン騎手の馬が急に逸走しました。彼は馬を止めようとして手綱を引っ張っているうちに馬の頸の上に乗ってしまいました。「サルが木の枝にまたがっているようだ」とまわりは大笑いをしました。しかし彼は気がつきました。この体重の移動が、馬を楽に自由にしていることを。トッド・スローン騎手は、それから鐙を短くしたり手綱を短く持ったりして、より馬を楽に走らせる工夫を重ねた末、現在の騎乗姿勢の原型を完成させました。
 以上がモンキー乗り出現の顛末とされているお話です。
 この物語の真偽はともかくとして、モンキー乗りを世界の競馬に広めたのはトッド・スローンだったことは確かです。
 トッド・スローンは、モンキー乗りをたずさえて、まず全米の競馬場で活躍し、次いで競馬の本家英国で驚異的な成績をあげました。1898年、英国における彼の勝率は、実に4割6分にのぼりました。その活躍を機に、モンキー乗りは多くの追随者を生み、またたくまに世界中に広まっていきました。
 トッド・スローンは、小さな身体にみあわず態度が大きく、酒も女も好きで、ジョッキークラブの紳士諸兄からは好かれてはいなかったようです。1901年、彼は自分の馬券を買ったことを理由に英国の競馬界から追放されます。
 彼の晩年は不遇で、1933年12月、59歳のときに肝硬変で死亡しました。きっと酒の飲みすぎが原因だったのでしょう。ちなみにアーネスト・ヘミングウェーは、このトッド・スローンをモデルにして「ぼくの父 (My old man)」という佳品を書いています。

(競馬ブック 2009.7.19号 掲載)


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