競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.27

 島田明宏さんのエッセイから再び・・・。
≪さらに私はもうひとつ、パドックで聞こえる音に関するマークを開発した。トモの踏み込みが深く、前脚の蹄に「カチッ」と当たってしまうウマにつける“+マーク”である≫
 そして続編に、こう続く。
≪19レースの成績を(1−2−3−4着以下)として記すと、(2−0−2−11)。“+マーク”がついてやる気満々に見えても、さっぱり走らない馬が多いのも意外だった≫

■左右2本のアシが決める常歩の歩幅

 推進力を発揮する主役はトモ(後ろアシ)だ。それは間違いない。だから、パドック診断でも、トモの踏み込みが重視されてきた。トモの「踏み込みが良い」、「さばきが軽快」。それは、旺盛な推進力を期待した“プラス”評価だ。が、検証の結果、島田さんの期待はやや裏切られたようだ。なぜだろう。
 まずは、常歩から。その歩幅(ストライド)は、着地した左右2本のアシの距離で決まる。だから、前アシとトモの歩幅は、原則として等しい。それは速歩も同じ。もしも前アシとトモの歩幅が異なると、おかしなことになる。
 歩行の速度は、≪ピッチ×ストライド≫で決まる。常歩や速歩では、前アシとトモの動くリズムは同じだ。つまりピッチが等しい。だから、前アシの歩幅が大きければ、ウマの胴体が伸びてしまう。反対に短ければ・・・。トモが前アシを追い越すことになる。が、実際には、それは起こらない。つまり直線を常歩や速歩するウマの、前アシとトモの歩幅が等しいからだ。
 ウマが旺盛に歩くなら、トモを大きく踏み込まなければならない。前アシも同じように大きく前方に“振り出す”。前方への振り出しが大きくなれば、アシは路上に長く粘って離地が遅くなる。
 パドックを歩くウマを思い浮かべよう。常歩では、同じ側の前アシとトモが1/2サイクルずれて動いている。だから前アシが離地するとき、そこに同じ側のトモが踏み込んでくる。前アシの離地が遅れ、トモが深く踏み込めば、当然、前アシとトモの蹄が衝突する。蹄鉄を履いているなら、「カチッ」と音がする。島田さんの言う“+マーク”だ。専門的には、これを“追突”と呼ぶ。が、チャカつけば、歩幅が短い。だから、まず“+マーク”は付かない。

■4本のアシが作るギャロップの歩幅

 右手前のギャロップを例に説明しよう。この図は、ずいぶん前にも紹介した。覚えているだろうか。その歩幅は、左右のトモが作る歩幅(1)、右のトモと左の前アシとが作る歩幅(2)、左右の前アシが作る歩幅(3)、そして空を跳んで稼いだ歩幅(4)の総計で決まる。このうち、最も短いのは、左右のトモが作る歩幅(1)。つまり、ギャロップでは、思ったほどトモは踏み込まない。“空を飛んだ”あのディープインパクトですら、そうだった。トモの踏み込みは、ライバルのそれとほぼ同じ。違っていたのは、着地直前のトモの振り出し。彼は大きく振り出したアシを一転、方向を変え、大きく後ろに引き戻しながら着地するのだ。
 このテクニックは、アシへ逆圧(制動力)を小さくする。ロスのない走りが可能だ。が、それは単にトモ(股関節)の動きだけでは作れない。腰から骨盤にかけて、背骨の柔らかさがポイントだ。それが第23話で説明した“波動”とも呼ぶべき背の動きだ。

■“泳ぎがうまい”から“走りが速い”?

 とは、限らない。常歩は、魚の泳ぎから生まれた。ギャロップは、ほ乳類に進化して初めて獲得した走りだ。常歩とギャロップは、もともと歩幅の稼ぎ方が異なるテクニックなのだ。だから、歩くときのアシさばきが、そのままギャロップに反映するとは限らない。“+マーク”が島田さんの期待を裏切った理由の一端が、そこにある。ちなみに名馬のなかでもシンザンは、すこぶる付きの“+マーク”だった。が、名馬であってもトーカイテイオーやディープインパクトは、島田さんがどんなに耳を澄ませても、“+マーク”は付かなかったはずだ。もちろん大きく歩けるウマは、ふつう背骨も柔らかい。だからトモの踏み込みが良ければ・・・。が、過信は禁物。と、いうことだろう。

 キリンやラクダは、胴が短く、アシが長い。ウマと同じでは、アシが衝突して歩けない。そこで彼らは、常歩や速歩のとき、同じ側の前後のアシをほぼ同じタイミングで前に振り出す。それは、側対歩と呼ばれる。衝突のリスクがないから、彼らは大きく踏み込んで歩く。が、なぜか彼らのギャロップはそれほど速くない。ここにも常歩の“踏み込み”がギャロップの能力と直結しない事実がある。

(競馬ブック 2009.7.26号 掲載)


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