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馬の口唇は触るとブヨブヨしていて、引っ張れば伸びますし、とても不思議な感触といえます。馬は唇を大変器用に使います。獣医師が処方した錠剤を飼葉桶の中のエンバクに混ぜて食べさせようとすると、小さなエンバクはすっかり食べて、きらいな錠剤だけ残す馬もいるほどです。こうした馬の唇の動きは、草を食べるときの習性に由来していると考えられます。彼らは生えてきたばかりの草の先端部分を大変好みます。唇で上手に短い草を寄せ集め、まとめて前歯で食いちぎります。草の先端部分は繊維分が少なく、栄養価に富んでいるのです。
■ミスター・エド
質問:最近の若いもんは知らんだろうが、昔「ミスター・エド」というテレビ番組がありました。アメリカのコメディーで、確か飼い主に対してだけ言葉をしゃべる馬が主人公でした。さて、エドはときどき飼い主の男性に向かって笑っていました。あれは本当の笑いだったのでしょうか?先生は私とたいして年齢が変わらないようなので、「ミスター・エド」のことをご存知かと思い質問しました。 (59歳 男性 競馬歴:34年)
答え:私は質問者より年は若いのですが(若干)、「ミスター・エド」という番組のことはよく憶えています。
そういえばミスター・エドは、頸を突き出し、伸縮自在の唇を巻き上げた、写真のような表情をみせて笑っていました。馬が歯を見せているので、あたかも笑っているように見えます。しかし馬は別に笑っているわけではありません。証拠があります。目は笑ってはいません(笑)。
この動作はフレーメンと呼ばれるもので、馬の嗅覚と密接に関係した行動です。テレビ番組ではこの動作の映像を上手に編集し、声優の笑い声をかぶせていたのです。
馬の鼻腔の下側には鋤鼻器(じょびき)と呼ばれる空洞があります。鋤鼻器の内側には、匂いを感じることのできる嗅細胞が多量に存在しています。また鋤鼻器の一方は、鼻腔内に開口しています。
馬がこの表情をすると、上唇の動きとあいまって鼻の孔は閉じられ、鋤鼻器の内部が陰圧になります。この時、吸い込んだ空気は鋤鼻器内部に流れ込み、そこに存在する嗅細胞を刺激します。すなわちフレーメンは、馬が匂いをより鋭敏に感じとろうとしている動作とすることができるのです。
フレーメンは馬の鼻先にたばこの煙を吹きかけたり、アルコールを塗ったりすることで簡単に誘発することができます。
ただし自然な環境のなかでこの行動が最も頻繁に見られるのは、牡馬が牝馬に出会い、その尿を嗅いだときです。牡馬は尿から、その牝馬が発情期にあるかどうかを判断するのです。
■馬の嗅覚
馬の嗅覚は、子育てのときにも重要な役割をはたします。
子馬が生まれると、母馬はさもいとおしそうに産んだ子馬をなめ続けます。この行動には、ぬれている子馬の体を早く乾かすという意味があると同時に、母馬が子馬の匂いを学習している過程だとされています。
実際、母馬に生まれた子馬を全くなめさせずに即座に隔離して、30分後に子馬を母馬のもとに戻した場合、母馬はその子馬に対する授乳を拒否することが観察されています。自分の産んだ子馬の匂いを学習する機会を失った母馬は、連れ戻された子馬が自分の子であることがわからなくなるわけです。
こうした母馬による匂いを手がかりにした自分の子馬かどうかの判断は、子馬の離乳(4〜6か月齢)の時期まで続きます。集団で放牧されている母子の群れの中で、自分に近づいてきた子馬が自分の子ではないと匂いで判断した母馬は、普通は絶対にその子馬に授乳することはありません。
馬の嗅覚はこのように大変優れたものといえます。今まで述べてきたように、嗅覚は馬では特に自分の子孫を作り育てるとき、すなわち母馬が子馬を育てるときや、牡馬が牝馬の発情を判定するときに重要な役割をはたしているのです。
ところで、私は結婚して30年近くにもなりますが、未だに奥さんが発情しているかどうかを、匂いでわかるまでには至っていません(笑)。つくづく馬の嗅覚は優れていると思う次第です。
(競馬ブック 2009.8.9号 掲載)
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