競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.28

 走っているウマの蹄。その動きを、もう少し掘り下げて考えてみよう。
 蹄が地面を離れ、前方へ振り出される。そして再び着地する。この一連の流れが“スイング期”だ。スイング期の動きは、VTRの映像を見れば、比較的容易に判る。が、“スタンス期”、つまり着地中の蹄の動きは、正直なところ、よく判っていない。ギャロップで走るウマの蹄は、着地と同時にダートや芝に沈み込む。だから、どんなに高性能なカメラを使っても、その動きを完全には捉えられないのだ。そこで、力学的なデータと蹄鉄に残る物的証拠から、着地しているときの蹄の動きを考察してみよう。

■蹄鉄の摩滅が語るモノ

 まずは、物的証拠を紹介しよう。それは、蹄鉄や蹄の摩滅だ。競走馬が履き古した蹄鉄には、独特の摩滅がある。図を見て欲しい。前アシもトモも、その蹄鉄の前半が明らかにすり減っている。が、前と後ろでは、その減り方が微妙に違う。前アシの蹄鉄は、つま先の限られた部分がすり減る。それも、傾斜の急な摩滅だ。トモの蹄鉄は、前方の半分がなだらかにすり減っている。長期間の跛行(運動器障害)や歩き方に極度な“癖”がない限り、この摩滅はすべてのウマに共通だ。なぜ、そんな減り方をするのだろう。
 摩滅は、2つの物体の接触面が“滑る”ことによって生じる。それも2つの物体が強く押しつけられるほど、摩滅しやすくなる。つまり、蹄が“荷重を受け”て、“路面を滑る”と、蹄鉄は摩滅する。

■前アシは、離れ際

 まずは前アシから・・・。データの右端は、前アシの蹄に取り付けたセンサーが捉えた前後方向の“加速度”波形だ。波形の左端は、蹄が着地した瞬間。そこからしばらくは、波形が大きく振動する。蹄が路面を滑っているのだ。その後、波形は平坦になる。蹄の滑りが停まり、路面をとらえたからだ。走っているとき、蹄はカカトから着地する。だから、このとき、蹄鉄のカカトがすり減るはずだ。が、カカトには極端な摩滅がみられない。蹄はまだ、大きな荷重(体重)を受けていないからだ。その後、荷重が増加して、最大値に達する。が、蹄が停まっているので、摩滅は起こらない。
 スタンス期の終盤、蹄のカカトが浮き上がり、つま先を支点にして、蹄は前方へ回転する。蹄の“反回”動作だ。このとき、蹄鉄のつま先だけに荷重が集中する。アシは地面を後ろに押している。着地直後ほどではないが、蹄は後ろに“滑る”。だから、前アシでは、つま先に傾斜の急な摩滅が生じる。と、いうわけだ。

■トモの減りは、グリップ力の証

 トモの減りは、蹄鉄前半の広い範囲に及んでいる。そのうえ、反回時に限れば、地面を後ろに押す力は、前アシほど大きくはない。だから、つま先が支点となる蹄の反回時に生じた摩滅とは考えにくい。では、いつ減っているのだろう?
 確証はない。が、トモの蹄鉄は、蹄が反回するよりも前に摩滅しているようだ。
 再びデータをみてみよう。まず、着地直後は制動力が働くので、トモの蹄も前アシと同じように前方に滑っている。カカトから着地するのも、前アシと同じだ。荷重もまだそれほど大きくはない。次いで、トモは着地した早い時期から推進力に切り替わる。旺盛な筋力を使って、地面を後ろに引っ張っているのだ。この推進力を逃がしてはならない。それには、蹄のグリップ力を高めなければならない。ここで登場するのが、飛節の機械的な仕組み。荷重を受けると、飛節は曲がりはじめる。その結果、長い屈腱が緊張して、つま先を路面に強く押しつけるのだ。このとき蹄が滑れば、蹄鉄の前半がなだらかにすり減るということになる。トモは、スタンス期を通じて、つま先に力を込めて、路面を“がっちり”つかもうとしている。だからトモの蹄鉄の減り方は、前アシとは違う。と、いうわけだ。

 蹄の“滑り”は、ダートを走るウマの砂の巻き上げ方でもわかる。着地した瞬間、砂は前に飛び散る。離地するとき、砂は後ろに巻き上げられる。そこに荷重や蹄を押しつける力が働けば、蹄はすり減る。だから蹄鉄の摩滅は、前アシとトモの機能の違いを裏付ける物的証拠の一つなのである。
 飛節の特殊なメカニズムは、改めて次回、説明しよう。

(競馬ブック 2009.8.16号 掲載)


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