競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.28 〜傾斜の変化と運動中の心拍数〜

 ウマが上り坂を走っているときの呼吸循環機能を詳しく調べるためには、トレッドミルは大変有用であり、JRA競走馬総合研究所においてもトレッドミル導入後すぐに、上り坂走行時の呼吸循環機能に関する研究が行なわれた。トレッドミル運動負荷試験では酸素摂取量をはじめとする多くの項目を測定できるので、得られた成績は大変有用だ。しかし、実際に野外でトレーニングしている競走馬の生体負担度を評価するには、運動中の心拍数を測定することが実用的である。
 昭和60年の暮れに栗東トレーニングセンターに坂路コースが導入された後、栗東トレーニングセンター競走馬診療所は、ウッドチップ坂路コース(3.5%)の生体負担度を、平坦コースであるダートコース(Eコース)および芝コース(Dコース)と比較した。競走歴を有する4歳サラブレッド1頭を用いて、それぞれのコースを走行しているときの心拍数を記録し、傾斜3.5%のウッドチップ坂路コースでは、ハロンタイムであらわすと2〜4秒遅いタイムで、平坦コースとほぼ同様な負担度になることを示した。1頭によるデータではあったが、当時坂路で調教を行なっていた関係者にとっては貴重な成績となった。

■トレッドミル運動負荷試験における心拍数と傾斜およびスピードとの関係

 前回の連載でも取り上げたように、JRA競走馬総合研究所では、トレッドミル傾斜を変化させて(0%・3%・6%・10%の4種類)、走路面の傾斜の違いが運動中のウマの呼吸循環機能におよぼす影響を確かめる実験を行なっている。
 図1は、そのときの心拍数に関する成績である。心拍数は走行スピードが速くなるのに比例して増加している。傾斜が0%でも、3%でも、6%でも、10%でもいずれの場合でも、スピードが速くなると、それに比例して右肩上がりに心拍数が直線的に増加している。一方、傾斜が0%から10%へと増加すると、それにつれて、心拍数も増加しているのが分かる。
 図1に示される心拍数と走行スピードおよび傾斜とから、運動中の心拍数におよぼす走行スピードと傾斜の影響に関する1つの数式を導き出すことができる。その数式を用いて、0%傾斜におけるV200(心拍数が200拍/分となる走行スピード)を計算すると、秒速11.2mになる。同様に、3%傾斜におけるV200は秒速10.0m、4%傾斜におけるV200は秒速9.7mとなる。これを、それぞれハロンタイムに直すと、0%傾斜はハロン17.9秒、3%傾斜はハロン20秒、4%傾斜はハロン20.7秒 くらいになる。つまり、3〜4%傾斜では平坦(0%傾斜)にくらべて、ハロンタイムで2〜3秒くらい遅いスピードで負荷が同じになることがわかる。
 トレッドミルを用いた実験によると、傾斜が1%増えると、走行中の心拍数は大まかに言って、4〜6拍/分くらい増えるようである。つまり、同じスピードで走っていれば、平坦(0%傾斜)に比較して3〜4%傾斜では、心拍数は10〜25拍/分前後多くなる計算だ。もちろん、心拍数は無限には増えないので、坂路コースでも最大心拍数である220〜230拍/分が上限であることはいうまでもない。

■上り坂走行とポニーの心拍数

 ミズーリ・コロンビア大学の研究グループは、平均体重約170kgのポニーを、傾斜をそれぞれ0%・7%・12%に設定したトレッドミル上で走行させ、傾斜の違いが運動中の心拍数におよぼす影響を評価している。ポニーは小さいので、走行スピードはサラブレッドよりも当然遅く、3種類の傾斜のトレッドミル上で、秒速1.0m _ 1.8m _ 2.6m → 3.4mの4段階のスピードで4分間ずつ運動した。0%傾斜のトレッドミルを秒速3.4mで走っているときの心拍数は159拍/分であり、7%傾斜では182拍/分、12%傾斜では216拍/分であった。この実験からおおまかに見積もると、この研究で用いたポニーたちでは、傾斜が1%きつくなると心拍数は6拍/分程度増えるようだ。この数値はサラブレッドでのデータと大差ないようである。

■野外坂路コースでの心拍数

 日高地方浦河町の軽種馬育成調教センター(BTC)にも屋内坂路コースがある。この屋内坂路コースの表面素材はウッドチップとバークの混合素材である。そこで、表面素材がウッドチップであり屋内坂路コースと似た表面素材を持つ屋内直線1000m平坦コースとで、走行中の心拍数を比べた。その結果、ハロンタイムで比較して、屋内坂路コースは平坦コースよりも、2〜3秒遅いタイムで同じ負荷になることがわかった。屋内坂路コースの傾斜は3〜4%なので、概ねトレッドミル運動負荷試験で得られた傾斜の影響とほぼ同様な結果が得られているといってよい。
どうやら、走路の表面素材が同様であれば、走行するコースの傾斜の変化が運動中の心拍数におよぼす影響は、野外であれトレッドミルであれ、ほぼ同じのようである。

(競馬ブック 2009.8.23号 掲載)



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