競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.29

 蹄だけを見れば、走っているとき、前アシもトモ(後ろアシ)も同じように動いている。前方に振り出された蹄は、カカトから先に接地する。その後、蹄は前方に滑りながら、つま先が接地。すぐに滑りは停まり、荷重をガッチリと受け止める。体が蹄の真上を通過する。荷重は徐々に減っていく。すると、蹄のカカトが浮き始める。つま先を支点に、蹄が前方に返るのだ。これを“蹄の反回”という。ついに蹄は路面を離れ、前方に向かって振り出される。この繰り返しだ。
 ところが、前回説明したように、蹄鉄の“減り方”は、前アシとトモ(後ろアシ)で微妙に異なる。そこには、トモの飛節のメカニズムが関係しているようだ。

■飛節は“カカト”?

 足根関節。それが飛節の正式名称だ。ヒトならば“カカト”の関節。つまり“くるぶし”である。本来は関節の呼び名だ。が、外見的には、その周囲を含めて飛節と呼ぶ。最も単純な関節は、2つの骨が繋がっている。ところが、飛節は複雑だ。写真を見て欲しい。上と下の太い骨を6個の小さな骨が繋いでいる。そのうち、上に向かって突き出した後面の骨が踵骨(しょうこつ)だ。ヒトでは、ここが“カカト”だ。今回の話は、この骨の存在を抜きには語れない。

■飛節が演出する“蹄の反回”

 四輪駆動のクルマを想像して欲しい。方向舵として働く前輪に比べれば、後輪の構造は単純だ。ウマの四肢も同じ。前アシは、体重の多くを負担する。だから、馬体の進行方向をコントロールする方向舵だ。そのうえ、体重を利用した駆動力(推進力)も産み出している。それらはトモにも当てはまる。が、トモの主な役割は、筋力を使った推進だ。前アシに比べれば、その動きも単純だ。そんなトモだから、前アシにはない絶妙な仕組みが潜んでいる。
 ウマのアシを持ち上げてみよう。それは、一般の競馬ファンには叶わない。が、イメージして欲しい。前アシは、蹄のすぐ上にある丸い関節(球節)が緩んだまま。だから、アシ先が“ぶらぶら”と動く。トモを持ち上げる。トモは、球節から下が後ろに曲がり、アシ先の動きは固まってしまう。トモの、この特性は、蹄が地面を離れるときの動きだ。つまり、アシを上げると蹄の反回動作が自然に起こる。この自動化を可能にしているのが飛節なのだ。
 その仕組みを説明しよう。飛節の後ろを、肢端の骨に繋がる太い屈腱群が通過している。飛節が曲がると、上に飛び出している踵骨が腱を押して緊張させる。緊張した腱は、肢端を後ろ向きに引っ張る。球節が曲がり、蹄が蹴り返される。と、いうわけだ。

■それはグリップ力の増強にも

 蹄の反回だけではない。その自動化は、蹄が着地したときにも重要な働きをしている。 蹄が馬体の下に踏み込む。接地する。体重が乗る。このときも、飛節は曲がるのだ。当然のことながら、屈腱群は緊張する。それだけではない。球節も体重を受けて、沈下する。球節の沈下は、アシを上げたときの“蹴り返し”とは逆の動き。だから、蹴り返しよりも、さらに屈腱は緊張する。それだけではない。このとき、屈筋群の上部にある屈筋群も活動し、強く収縮している。だから、屈腱群は、蹴り返しのとき以上に緊張度を増す。屈腱群のなかで、深屈腱は、アシの末端の蹄骨にまで伸びている。その緊張は、蹄骨を回転させ、蹄骨の先端−つま先−が地面に押しつけられる。つまり、蹄が地面を“つかむ”のだ。思い出して欲しい。筋が産み出すトモの駆動力は、着地後の早い時期から発揮されることを。蹄が地面を“つかむ”動作は、駆動力が発揮される時期と一致しているのだ。蹄が滑らなければ、駆動力を逃がさない。トモの下肢部の自動化は、グリップ力の増強に繋がる。と、いうわけだ。

■ディープのケース

 ダービーを勝ったころ、ディープインパクトのトモは、他馬に比べて、明らかに蹄鉄の“減り”が少なかったという。一部の関係者は「空を飛ぶから」と論じていた。が、それは違う。滑らなかったからだ。おそらく、グリップ力が強かった? そんな彼には、下肢部の自動化を巧みに使いこなす天性の能力が備わっていたのかもしれない。

 次回の“心技体”は、趣向を変え、座談会形式の特番だ。ゲストは松田国英調教師。数々の名馬を世に送り出している。そんな松田氏は、“飛節の造り”に関心があるという。座談会でも飛節の話で盛り上がった。タイムリーだった。が、いずれまた、この誌面でも改めて、さらなる飛節の大切さに触れることにしたい。

(競馬ブック 2009.9.6号 掲載)


Back