|
2008年はガソリンの値段が高騰し、燃費の良い車が求められた。今年になってガソリン価格は多少下がったとはいえ、依然として燃費の良い車の引き合いは高い。
車の運転にあたっては、スピードを出しすぎると燃費は良くないとか、加速・減速が多いと燃費が悪くなるといったことがよく言われる。ウマも走るにはエネルギーが必要なわけだが、車と同様、効率よい走りというのはありそうだ。
■歩き方とエネルギー
私たちが歩いているとき、スピードが速くなってくると、やがて歩いていることが出来なくなり、走るようになる。平均的なヒトだと秒速2.0〜2.5m(時速7.2〜9.0km)より速くなると、歩行から走行になる。
ヒトがトレッドミルの上で、秒速1.0〜2.0mのスピードの範囲内で歩いているときの酸素摂取量と、秒速1.0m〜4.0mのスピードの範囲内で走っているときの酸素摂取量を測定し、歩行と走行のエネルギー消費を比較した実験によると、スピードが秒速2.0mより遅いときは歩行の方が走行よりも省エネであり、秒速2.0mより速いスピードでは走行の方が省エネだったという。つまり、秒速2.0mよりもスピードが速いときは歩くよりも走る方が楽というわけだ。競歩は、歩く競技ではあってもスピードは相当速く、普通であれば走っているスピードで歩いている。見ていると大変きつそうで、なんとなく実感できる研究成績である。
ウマでも、移動のスピードが速くなるにつれて、歩き方(歩法)を変える。ウマは4本足の動物なので、歩き方は人よりも複雑になり、一番遅いスピードの歩法である常歩(なみあし:Walk)から、スピードが上がるにつれて順に、速歩(はやあし:Trot)→駈歩(かけあし:Canter)→襲歩(しゅうほ:Gallop)と歩法が変わり、結果としてウマは基本的に4種類の歩法を用いることが出来る。
■ウマの燃費と歩法変換(ギアチェンジ)
比較動物生理学の分野で輝かしい研究成績をあげた研究者の一人がハーバード大学の故テイラー博士である。様々な動物における運動時の酸素運搬系機能や運動力学に関する実験を行ない、素晴らしい研究論文を残している。ウマを対象とした研究も多く、その研究成績は生理学の専門学術誌はもとより、ScienceやNatureといった超一流学術雑誌にも掲載されている。
ホイト(テイラー博士の研究室の学生)とテイラー博士は、ウマがトレッドミル上でゆっくりとしたスピード(秒速0.2m)から速いスピード(秒速1.7m)まで常歩で歩くように訓練した。同様に、秒速1.1mから秒速5.2mのスピードの範囲では速歩で走行するように、そして、秒速3.5〜6.9mのスピードの範囲では駈歩で走行できるように訓練した。これらのウマを用いて、運動中の酸素摂取量を測り、移動に必要なコストを見積もった。
自動車の燃費は、ガソリン1 Pあたり何km走ることが出来るかで表されるのが普通である。たとえば1Pあたり10kmといった具合である(10km/P)。これを逆に考えれば、10km走るのにガソリンは1P必要ということでもある。テイラー博士らは、移動に必要なコストを、ウマが1m移動するのに必要な酸素量として算出した。ガソリンの量を酸素の量として考えてみれば、燃費の考えとほぼ同じである。
ホイトとテイラー博士の研究によれば、運動に要するコストを計算した結果、たとえ同じ歩法であっても、スピードが遅すぎる場合や速すぎる場合には、コストは高く(すなわち燃費は悪く)、最もコストが少なく効率のよいスピードがあることが分かった。この現象は、すべての歩法で同じように認められた(図1)。
たとえば、ウマが速歩と駈歩の両方の歩法で走行した秒速3.6m〜5.2mのスピードの範囲内でのコストをみてみよう。すると、秒速4.6mよりも遅いスピードにおいては、駈歩のコストは速歩のコストよりも高いことがわかる。一方、秒速4.6mよりも速いスピードのときは、駈歩のコストは速歩のコストよりも低くなっている。
つまり、遅すぎるスピードの駈歩は燃費が悪くて疲れるので、そのスピードでは駈歩よりも燃費の良い速歩で走る。また、速すぎるスピードの速歩は燃費が悪くて疲れるので、そのスピードでは速歩より燃費の良い駈歩でウマは走るというわけだ。ウマは何気なく歩法を変えているように見えるが、それぞれのスピードにおいて最も経済的な歩法を選んで走行しているということになる。
競馬のときは、いうまでもなくギャロップで走っているわけだが、ひょっとすると、それぞれの競走馬の最大酸素摂取量が違うと、同じスピードで走っていても、エネルギーコスト(燃費)が違うということがあるのかもしれない。
(競馬ブック 2009.11.15号 掲載)
|