競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.31

 睡眠はとても大切です。適度な睡眠は、心身の疲れをいやし、集中力を増し、免疫力を高めます。人の場合、平均睡眠時間は7時間程度ですが、これにはもちろん個体差があります。かのナポレオンは3時間しか睡眠をとらず、東大受験生は5時間以上寝ると合格できず、アインシュタインは10時間寝ていたそうです。私事で恐縮ですが、筆者の愚妻はテレビがついていようが、後かたづけが残っていようが、居眠りをします。仕方がないので筆者が食器を洗うのですが、彼女は優に10時間は眠ると推測できます。つまり睡眠時間だけはアインシュタイン並みといえるのです。

馬の夢

質問:うちのベッキーは子育てを終え、3匹の子犬たちはそれぞれ知り合いの家に引き取られていきました。みんな可愛がられていますが、3匹とも私がつけた名前とは違う名前がつけられているのが少し残念です。ところでベッキーは夜寝ているときに、突然キャンと声を出したりすることがあります。眼を覚ましたのかなと思って見てみると、何事もなかったようにスースーと眠っています。これって夢を見てたんですよね。ベッキーは私と話ができるくらい頭が良いので、夢ぐらい見るのは当然として、お馬さんも夢を見るのでしょうか?  (17歳 女性 競馬歴:見るだけ)

答え:動物が眠っているときに夢を見るかどうかは、その動物に聞いてみなければ確定的なことは言えません。しかし多くの動物で、睡眠中に夢を見ているという証拠は存在します。
 人間は明らかに夢を見ます。フロイトは夢の中身を分析することで、夢を見た人の、自分でも気がついていない欲求不満や潜在的な願望までわかると言ったくらいです。
 睡眠中はだれでも、目をつぶったままの状態で急に眼球が動きだす時期があります。このとき無理やり起こされると、たいていの人が夢を見ていたと言うそうです。このような夢見をともなう睡眠は、眼球が速く動く(Rapid Eye Movement)ことから、その頭文字をとってレム(REM)睡眠と呼ばれています。
 レム睡眠は今から50年ほど前に、人の眠りを研究する中で発見されました。レム睡眠のときには眼球が動くばかりでなく、呼吸や脈拍が乱れ、大脳の活動状態を示す脳波には目覚めているときと同じようなパターンが認められます。一方、筋肉はすっかり弛緩して脱力状態にあります。起こそうとしてもなかなか起きないという点で、レム睡眠は深い眠りとすることができます。
 馬の睡眠にもレム睡眠の時期が存在していることがわかっています。馬のレム睡眠は、写真のように頸をすっかり投げ出して眠っているときに生じます。筋肉は脱力して、死んだように横たわってはいますが、脳波を計測してみると覚醒時のパターンを示します。このとき、おそらく馬は夢を見ているものと推測できます。
 実際、こうした姿勢でぐっすり眠っていると思われた馬が、突然いなないたり四肢をばたつかせたりすることが観察されています。まさにお宅のベッキーちゃんと同じです。馬は、もしかすると大レースでゴール板を先頭で駆け抜けている夢を見ているのかもしれません。

■立って眠る馬

 さて夢はともかくとして、馬の睡眠の特徴として、横になって眠る時間がきわめて短く、しかも細切れに眠るという点があげられます。普通の生活では馬は1日合計3時間程度しか横になりません。馬は15分ほど横になっては立ち上がるということを繰り返しながら一晩を過ごしています。
 馬は横になる時間は短いのでが、立ったままでも休息をとることができます。そればかりか、そのままウトウトまどろむことすらします。馬にこうした芸当ができるのは、その独特な体のつくりに由来しています。馬は立って休息しているときには、ほとんど筋肉の力を使っていません。休息姿勢をとったとき、四肢の各部の関節は骨と骨をつないでいる靱帯(じんたい)でしっかり固定され、スッと眠りに引き込まれても決してひざがガクンとしたりはしないのです。
 馬と同様の特技を持つ代表的な動物としてゾウがあげられます。ゾウは眠るときは重い頭部を太い鼻で支えて、立ったまま眠ります。馬やゾウと同様、睡眠時間が1日3時間程度と短い動物としては他にウシやヒツジがあげられますが、これらの動物に共通しているのは、比較的大型で草食性すなわち肉食獣に襲われる危険を大なり小なり有しているという点にあります。彼らは、体が大きいため、すっかり身を隠せる安全な場所を見つけるのは不可能に近いといえます。またその大きな体を栄養価の低い草や木の葉だけで維持するためには、睡眠時間を削ってまで食べ続けなくてはならないわけです。
 同じように肉食獣に襲われる危険のある動物でも、ネズミなどは1日13時間は眠っています。彼らはすっかり身を隠せる安全なねぐらをどこにでも見つけることができ、安心して熟睡できるというわけです。またイヌ科やネコ科など肉食性の動物は、補食の対象となる動物ほど不安な夜を過ごさなくてもよく、睡眠は充分とれます。
 睡眠時間について、その圧巻はナマケモノといえます。南アメリカ大陸に生息して、特有の進化をしてきたこの動物は、その名の通り1日20時間眠ります。彼らは手の届く範囲の葉っぱをむしって食べる以外は、日がな一日寝て暮らすという、少なくとも筆者にとってはあこがれの生活をしているのです。

(競馬ブック 2009.11.22号 掲載)


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