競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.32

 ウマの立ち方や“構え”について、もう少し話を掘り下げよう。それは走りの“技”を生み出すベースになるからだ。そこで今回は、背骨とアシの上部に視点をあて、そこに秘められた巧妙な仕組みを紹介しよう。

■肩と尻の力学的バランス

 図を見て欲しい。ウマの全身骨格だ。前アシの最上部には肩甲骨がある。トモならば骨盤だ。それらは互いに逆傾斜となり“ハの字”に構えている。それが、背骨にかかる荷重を逆方向にかわす。力学的な均衡をとっているのだ。それは、前回説明した立ち方、≪分散肢勢≫と同じ理屈だ。
 そこには興味深い事実がある。肩甲骨と骨盤の中心軸を延長してみよう。なんと、その交点は、馬体重心のほぼ真上に来る。馬体重心の位置を思い出そう。それはウマが自然体で立つとき、ほぼ12肋骨の辺りだ。もちろん個体差はある。頭が大きく、頸(首)の長いウマでは、重心はやや前にある。頭が小さく、頸が短いウマや、後躯が発達したウマでは、重心は後ろ気味だ。重心の位置に応じて、肩甲骨や骨盤の傾斜も微妙に変化する。たとえば重心が前に偏るウマでは、肩甲骨が起ち、骨盤がねる。俗に≪水平尻≫と呼ばれる体型だ。重心が後ろ気味なら、肩はねて、尻が傾斜する。これを≪斜尻≫という。古来、速度を求める競走馬には水平尻、重い荷を引く輓馬には斜尻が良いといわれてきた。だからサラブレッドは、総じて水平尻。それは、輓馬に比べ、体重心がやや前にあるということ。だから、水平尻は前アシの負担が大きい。同じ競走馬でも、水平尻が目立つようなら、前アシのケアが、なおさら大切だ。

■四肢の上部はパンタグラフ

 肩甲骨の下には上腕骨、骨盤には大腿骨が連結する。上腕骨と大腿骨も互いに逆傾斜。“V字”型に構え、肩甲骨と骨盤の下に収まっている。いわば≪集合肢勢≫の原形だ。これら4つの骨を合わせて眺めてみよう。それぞれが四角形の一辺を成すように配置されている。その四角形は、対角に位置する頂点が縦ラインに並んでいる。まるで電車の屋根に設置された≪パンタグラフ≫だ。パンタグラフは、電線のたるみに応じて、瞬時に高さを調節する機構だ。ウマの四肢にも、それと同じ機構が仕込まれている。走行時の馬体の上下動に対する減衰機構ともいえるのだ。

■背骨にもある巧妙な仕組み

 背骨にも、絶妙な仕組みが秘められている。俗に≪背骨≫と呼ばれるが、正確には脊椎。それは頸椎、胸椎、腰椎、仙椎(仙骨)、尾椎の5つに分けられる。ほ乳類の頸椎は、首の長いキリンも、「猪首」の代表、豚の仲間も、みな同じ7個だ。ウマの胸椎は、原則18個。円柱形の小骨が縦列に並び連結している。ウマの腰椎は5〜6個。まれに7個のウマもいる。腰椎の数が多ければ、胴が長くなる。仙椎は5個。それが生後、癒合して1つになる。だから仙骨とも呼ばれる。尾椎は個体差が大きく、ウマでは15〜19個。
 頸椎と尾椎は、しなやかに曲がる。が、胸椎の連結は硬く、ほとんど曲がらない。そのうえ5個の仙椎は癒合している。前アシとトモの間で、わずかに動くのは腰椎だ。腰椎は、胸椎と仙骨の間にあって、いわば背骨に加わった歪みを逃がす緩衝帯。だから、この部分にトラブルが多発することになる。先の本誌対談で、松田国師が≪タメ≫と関連させて≪腰のトラブル≫を指摘した理由の一つが、ここにある。
 そんな背骨の力学的な仕組み。それは棘突起の存在だ。胸椎から仙骨まで、個々の椎骨には、棘突起が上に向かって伸びている。我々の背骨にも、その名残はある。が、ウマは、その突起が著しく発達しているのだ。特に胸椎の前半部が発達し、第4胸椎の棘突起が最大、最長だ。それは≪キ甲≫の頂点を作っている。背骨の上に並んだ棘突起の上には、後頭部から胸椎の中程まで、≪項靱帯≫と呼ばれる太く強靱なスジが走っている。さらに棘突起からは、前後方向に斜めに短い多数の筋肉が伸びる。まるで“吊り橋”だ。腹部の重さを支える巧みな仕組み。だから人を乗せて走れるのだ。頭頸部の上げ下げによって、この靱帯の緊張度を調整し、背中の負担を緩和する。ウマに乗ってみると判る。頭を高く、顎を上げたウマは、この靱帯が緩む。だから背骨の上下動(反撞)が大きく、乗りにくい。そんなウマは、背骨を痛めやすい。走能力に影響するだけでなく、背骨のトラブルにも見舞われやすいということだ。

 いずれにせよ、ウマの構造には、みごとな力学的バランスや工学的な機構が組み込まれている。≪走り≫に係わるウマの巧妙な仕組み。改めて母なる自然の偉大さに脱帽だ。

(競馬ブック 2009.11.29号 掲載)


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