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立ち方や“構え”の話題を続けよう。今回は前アシ。競走馬では、トモが話題になりがちだ。が、前アシにもさまざまな工夫が凝らされている。
■前アシの得意ワザ、それは“つっぱり”
トモの役割。それは強大な筋力を使った推進の主役。いわば“けっぱり”だ。前アシも推進する。が、前アシはむしろ、体重を支える。そして、進行方向のコントロールが本業だ。特に手前アシ――右手前のギャロップなら右の前アシ――は、馬体の進行方向を、上向きや左右方向に切り変える。トモが推進した馬体の進行方向を変えるのだ。それには大きな制動力が不可欠だ。“技”の章、Vol.14が手元にあれば、その図を見て欲しい。着地すると同時に、大きな衝撃や逆圧(制動力)を受ける。トモのそれに比べ、相当に大きい。つまり、トモの“けっぱり”に対して、前アシは“つっぱる”のだ。だから前アシは、トモとは違ったトラブルや故障に見舞われる。たとえば前アシの骨折は、競走馬の骨折事故の約70%を占める。そのうちの約60%は、前膝(腕関節)と球節の骨折だ。骨折に限れば、そこはいわば、競走馬のウィークポイント。厩舎関係者の視線も、おのずとそこに向けられる。が、ウマだって、それなりの対策は講じている。
■前アシは“マッスルクッション”
“けっぱり”を得意技とするトモ。最上部の骨盤は、強靱な靱帯を幾重にも張り巡らして、背骨(仙骨)にガッチリと固定されている。ほぼ不動の連結だから、推進力を逃がさない。“つっぱり”を得意とする前アシは、どうだろう。
なんと前アシと背骨とは直接の連結がない。最上部の肩甲骨は、平べったい“しゃもじ”のようなカタチ。周りを沢山の筋肉が囲む。その広い表面積を利用して、筋肉が肩甲骨を背骨に貼り付けている。“エアクッション”ならぬ“マッスルクッション”だ。アシを“つっぱる”と、地面から大きな逆圧を受ける。それを、これらの筋肉が緩衝しているのだ。
ちなみに、ヒトの手の骨格と胴骨は、鎖骨が繋ぐ。ウマの鎖骨は退化・消失。だが、鎖骨の痕跡として、そこに腱質が残ることもある。そんなウマでは、その遺残物に一致して、まるで“えくぼ”のように皮膚がくぼんでいることがある。いわゆる“岩陥(いわおち)”だ。パドックに目を凝らせば、そんなウマを見かけることがあるだろう。が、走能力には影響しない。物知り顔に、知人に吹聴できる程度の情報だ。と、わきまえよう。
■前膝のささやかな抵抗
≪膝≫といえば、ヒトなら≪脚≫の中程の膝関節周囲の名称だ。が、四足のウマでは、ヒトの≪手≫に該当する前アシにも膝がある。それが腕関節だ。その機構や仕組みは、ヒトの膝に似ている。
学校の朝礼。後ろの友人から膝の裏を不意に突かれ、慌てた思い出を持つ読者もいるはずだ。ヒトの膝も、最大伸展はほぼ180度。だから、筋肉の力を借りなくても体重を支えられる。専門的には“骨の絶対拘束”という。筋肉を使っていないから、後ろから不意に突かれると、もろくも崩れてしまうのだ。今にして思えば、子供時代のそんな悪戯は、実は膝の省エネ構造を知るための貴重な実験だったのだ。
同じ仕組みが、ウマでは前アシの腕関節に存在する。前アシが、体重支持の主役だからだ。試しに読者諸兄も膝を曲げて立ってみよう。膝がまっすぐなら、長時間の立位にも耐えられる。が、膝を曲げると、すぐに太ももの筋が張ってくるはずだ。
この仕組みは、たしかに省エネには貢献する。が、衝撃や逆圧をまともに受けるリスキーな構造だ。が、もちろん、それなりの対策は講じられている。
たとえば、腕関節は、上部の前腕骨と下部の管骨の間を、小さな骨が3個ずつ2列に並んで繋いでいる。まるで2列に積み上げたブロックだ。それらの小骨自体が衝撃や逆圧を分散、緩衝する。小骨が密集するので、関節の表面を覆う軟骨層も多い。計6層だ。それが緩衝に役立っている。が、その効果はわずかだ。
関節自体の“滑り込み”機構もある。立っているとき、腕関節(前膝)は普通ほぼ180度。だが、蹄を持って、人が前アシを前方に引き上げても、前膝は簡単には伸びきらない。前膝を人が無理に圧しても、なかなか伸びない。わずかに曲がったままだ。走っているとき、前アシの着地直後には、まずこの関節抵抗を受ける。その後、荷重が増加すると関節が“滑り込み”ながら、最大伸展に達するのだ。一気に伸展するよりも、たしかに安全だ。が、それは、荷重や逆圧の大きさに比べれば、ほんの“ささやか”な抵抗。
だから、この部分には、やはり骨折が多発する。
(競馬ブック 2009.12.20号 掲載)
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