競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.33 〜競馬のペースとエネルギー供給2〜

 競馬のペース配分は、レース距離やレースに出ている馬の脚質あるいはゲートを出たときの位置関係などで、異なる様相を呈するのが普通である。たとえ、同じメンバーで同じ枠順でもう一度競馬をやったとしても、レースの展開はまったく同じにはならない。図1の左側の(A)のグラフは、スタート直後からスピードが秒速18m(約ハロン11秒)で一定で2分間走った時のエネルギーを想定しているが、実際のレースでは一定のスピードでレースが最後まで進むことはない。

■スピードが速ければエネルギーはそれだけ多く必要

 競馬では、スタート直後の1ハロンは遅くて、2〜3ハロン目でスピードが上がり、位置取りが決まるのが普通だ。その後はレース距離にもよるが、スピードは速くなったり遅くなったりしながら、レースは進む。
 さて図1の左の(A)のグラフ。実際の競馬ではありえない最初から最後まで一定スピードで走りきるというモデルだ。一方、普通のレースではもちろんスピードは一定ではない。右の(B)のグラフは、その1つの模式図である。ゲートから出た直後のスピードは遅いので、当然必要なエネルギー量は少ない。カラム全体の高さが低いということは、エネルギー量が少なくてよいということである。その後、スピードが速くなれば、当然必要なエネルギーも増えるので、カラムの高さは高くなる。レースの後半になってスピードが変化すれば、それに応じて必要なエネルギーも増減する。
 ゲートから出た直後のスピードはさすがに遅いが、最初の1ハロンのタイムでみてみると、遅くても13秒台であるのが普通である。その後は、ハロンタイムはおよそハロン12秒あたりを上下する。ただ、この連載で何度も繰り返して述べたように、競馬は有酸素性のエネルギー供給だけで走ることが可能なほど、弱い運動ではなく、必ず無酸素性のエネルギー供給も働いている。しかしながら、やはり大きなパーセンテージを占めるのは有酸素性のエネルギー供給であることはいうまでもない。
 競馬のように、有酸素性のエネルギー供給がフル稼働しているような激しい運度をしているときに、スピードが一時的に速くなった場合を考えると、このとき必要となるエネルギーの増加分を支えるのは、グリコーゲンの分解と乳酸の産生を伴う無酸素性のエネルギー供給である。激しい運動時の疲労の原因は単一ではないが、グリコーゲンの分解が亢進するような高強度運動時には、骨格筋細胞の中に疲労を誘発する様々な因子が蓄積してくる。競馬の後半の勝負どころで、力を発揮するには、前半部分で疲労の蓄積を出来るだけ回避したほうが良いのはいうまでもない。

■前半スローな競馬と前半から速い競馬

 図2の左側の(A)のグラフは、前半からスローな展開となった場合の模式図である。スピードが遅ければ、当然必要なエネルギー量は少ない。こういった展開になると、多くの馬が無酸素性のエネルギー供給能力を温存したまま、レース後半を迎えることになり、最後の3〜4ハロンのスプリント勝負になる。多くの馬が余力を残しているため、ちょっとした位置取りなどの違いなどが勝敗に大きく影響することが多いようだ。
 これに対し、図2の右側の(B)のグラフのように、前半のタイムが速い展開でレースが進んだ場合、当然必要とされるエネルギーは前半から多くなる。多くの馬では、前半からグリコーゲンの分解亢進に伴うエネルギー供給に頼る割合が多くなるので、レースの後半は持っている持久力の勝負になる。特に、実力馬と目される馬が先行集団にいてペースを作っている場合は、他の馬も追いかけざるを得ず、運動生理学的に見るとそれぞれの馬にとって体力的にギリギリの勝負になってくる。
 前連載の記事を書いたときには、ジャパンカップの結果はわかっていなかったが、結果は御存知の通り、レコードに近いタイムでの決着となった。ホーリックスとアルカセットが勝ったときのレースに比べて、前半はやや遅いもののイーブンペースでのレースとなった。3〜4コーナーをまわってからのスピードは速く、後半が比較的速い展開のレースになった。ウォッカにとっては、昨年の天皇賞は追い込んで2cm差をものにし、今年のジャパンカップは粘って2cm差をものにするという物語性のあるレースともなった。勝ったウォッカは鼻出血を発症していたことがわかったが、これについては以後の連載において紹介する予定である。

(競馬ブック 2009.12.27号 掲載)



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