レポジトリー
レポジトリーとは、セリ上場馬の上気道内視鏡像や四肢X線写真などの医療情報を市場内のレ
ポジトリールーム(情報開示室)において購買者に公開するものである。高額な競走馬を購買す
る1歳市場では不可欠なものになっており、一般に上気道の内視鏡動画、球節、腕節および飛節
など関節のX線写真などの医療情報が公開されている。近年は、インターネットでレポジトリー
を事前に見ることができる市場も増えている。
レポジトリーは、セリ主催者側と購買者側の双方にメリットがある。セリ主催者側にとっては
セリ市場の信頼や安心感を高め、上場者と購買者の双方が納得して購買することに役立つ。また、
購買者にとっては、馬体、血統、動きなどを踏まえた上での購買判断材料の一つにすることがで
きる。一方で、レポジトリールームで閲覧した公表画像をもとに「どこに問題があるか」につい
ては、購買者が判断しなければならない。したがって、レポジトリーを判断する際には、開業獣
医師の助言を得ることもできるが、購買者自身がレポジトリーの見方に関する知識を持つ必要が
ある。以下にレポジトリーを見る際に知っておく必要のある代表的な疾患について紹介する。
1.上気道の内視鏡像
(1) LH(喉頭片麻痺;Laryngeal Hemiplegia):いわゆる喘鳴症(俗称としてノドナリ)で
は、吸気時に披裂軟骨(気管の入口)が完全に開かず気道が狭くなり、運動中に空気が吸い込む
際にヒューヒューという異常呼吸音(喘鳴音)を発する(図は「上気道疾患」の項を参照)。ま
た、被裂軟骨の動きの程度が悪い場合(喉頭片麻痺)には、競走能力にも影響を及ぼすといわれ
ている。その原因となる喉頭片麻痺は、グレード0〜3の4段階に分けられている。JRA育成馬を
用いた調査では、若馬の14%以上がグレード1以上の所見を有していること、およびグレード2
までは競走成績に影響を及ぼさないことが明らかになっている(JRA育成馬の中でもグレード1
で重賞レースを勝利している馬は複数頭数いる)。一方、グレード3以上は、競走能力に影響す
ることが知られ、喉頭形成術の手術が必要となる。喘鳴症の程度は安静時の検査のみではわから
ないことがあり、手術適用の確定診断にはトレッドミルなどを用い走行時の内視鏡診断が不可欠
である。
(2) DDSP(軟口蓋背方変位;Dorsal Displacement of Soft Palate):走行中に軟口蓋が
喉頭蓋の上方(背方)に変位し、「ゴロゴロ」と喉が鳴る病気で、グレード0〜3の4段階に分け
られる。若馬では、喉頭蓋が未発達のため、DDSPを発症することもある。若馬でDDSPを発症す
る馬は、初出走までの期間が長くなることもわかっているが、安静時検査におけるグレードの高
さと競走パフォーマンスの間には関連がない。有症状馬は馬体の成長を待って競馬に出走させる
必要がある。
(3)ELE(喉頭蓋の挙上;Elevation of Epiglottis):喉頭蓋が挙上し、気道が狭くなった状
態(図1)。極端な異常でない限り、競走成績に影響はない。
図1. ELE(喉頭蓋の挙上)
(4)AE(喉頭蓋の異常;Abnormalities of Epiglottis):喉頭蓋が未発達で、矮小・菲薄
な状態(図2)。一般に若馬は成馬と比較して喉頭蓋の形成不全(矮小・弛緩・菲薄・背側中央
部の凸面)が多く認められ、DDSPを起こしやすい。しかし、AEの所見は年齢とともに消失・良
化するので、競走能力に影響はなく、あまり心配する必要はない。
図2.AE(喉頭蓋の異常)
(5) SC(喉頭蓋下嚢胞;Subepiglottic Cyst):胎子期の発生過程の異常(甲状舌管の遺残)
に由来する嚢胞が喉頭蓋下に発症する病気である(図3)。摘出手術(内視鏡観察下での高周波
スネアによる切除術)によって早期に治癒する。
図3.喉頭蓋下嚢胞
(6) EE(喉頭蓋エントラップメント;Epiglottic Entrapment):喉頭蓋をその基部にある皺(披裂
喉頭蓋ヒダ)が覆う病気である(図は「上気道疾患」の項を参照)。治療は、外科的に喉頭蓋を
覆った披裂喉頭蓋ヒダをEEカッター等により縦切開する。予後も良好で早期に治癒する。
2.X線画像
(1) 球節のX線所見
球節にある近位種子骨のX線写真によって、いわゆる『スが入っている』といわれる粗鬆症の評
価を、程度が軽いものから順にグレード(0〜3)分けし、JRA育成馬について、種子骨のグレー
ド別(図4)に、(1)2・3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金、(2)初出走までに要した日数、
出走率について調査した。その結果、外見上に腫脹などの臨床症状が認められない場合、競走成
績に影響しないことがわかっている。しかし、前肢の種子骨グレードが高い馬は、グレードの低
い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことから、飼養管理や調教に気をつける必要があ
る。
また、外見上、腫脹等の異常がなくても、約10%の馬に何らかの陳旧性骨病変(剥離骨折やOCD)
を有していることも明らかになった。しかし、この陳旧性骨病変は、関節の腫脹などの臨床症状
がない場合、競走能力への影響がないこともわかっている。
図4.種子骨のグレード評価
グレードが高くなるにつれ種子骨の線条陰影像が明らかになる。
(2)飛節のX線所見
OCD(離断性骨軟骨症:Osteochondrosis Dissecans)は、発育の過程で関節軟骨に壊死が起こ
り、骨軟骨片が剥離した状態であり、飛節はOCDの好発部位である(図5)。飛節部のOCDは軟腫
や跛行の原因となる場合もあるが、その多くは競走能力には影響がないといわれている。腫脹や跛
行などの臨床症状がない場合の手術の必要性は、まだ明らかにされていないが、多くの症例は競走
能力に影響がないものと考えられている。関節鏡手術によりOCDは簡単に除去することが可能で、
予後も極めて良好である。
図5.飛節部のOCD症例
3.まとめ
近年、レポジトリーが普及するにつれ、上気道の内視鏡像や四肢のX線所見がパーフェクトな馬
は多くないことがわかってきた。小さな異常は、馬自らが克服することができ、獣医師が治療すれ
ば治癒するものある。一方、レポジトリーで異常がないことを確かめても、競走馬の管理にはリス
クがつきものであり、今後異常を発症することがないわけではない。高価な競走馬を購買後に疾病
発症のリスクを事前に理解・回避するとともに、その後のトレーニングをスムーズに行うためにレ
ポジトリー活用の必要性はますます高まっているといえる。
(日高育成牧場 業務課長 石丸睦樹 2011. 3. 15)

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