第3回 レース時の疲労とスピードダウン

第3回ジャパンカップレース(JC,1984年)において、ハギノカムイオーは前半独走し、後半大きくペースダウンして、2分34秒9のタイムで入線しました。前半の1200mを71.4秒、後半の1200mを83.5秒で走り、前後を比較すると10秒以上の差がありました。その時のハロンタイムは、12.8-10.6-11.6-12.0-12.1-12.3-12.9-13.2-13.8-14.6-14.4-14.6秒で、明らかな疲労現象が認められる1例であったと私は考えています。なぜ、このような疲労が生じてペースダウンするのでしょうか。現在のスポーツ科学での考え方を紹介します。
 
■レース中の疲労とは
 
 疲労には、中枢性・末梢性疲労、急性・慢性疲労、全身・局所疲労、生理的・病的疲労、身体的・精神的疲労、一過性・蓄積疲労、主観的・客観的疲労などいろいろな疲労の分類があります。レース中に生じる疲労とは、“パワーを出し続けることができなくなった状態”で、おおくは筋疲労であり、急性、一過性、生理的、身体的疲労などといわれるものです。翌日のスポーツ紙によると、この馬はスタート直後からほぼ全力で疾走し、疲労に耐えて逃げ残る戦術を取ったようですが、予想以上に疲労が激しく大きくペースダウンしました。当時はこのような筋疲労のメカニズムについて旨く説明することはできませんでした。
 
■競走馬の体の中に何がおきたか
 
 走ることとは、「脳→脊髄→神経筋・接合部→筋肉」という一連の刺激の流れで生じる筋収縮の繰り返しであります。この筋肉部の疲労が筋疲労です。レースに伴う疲労の原因として、(1)エネルギー源の枯渇、(2)筋肉への疲労物質の蓄積、(3)生体恒常性の乱れ、(4)神経調節機能の失調などが考えられます。レース中の走るためのエネルギーは有酸素系、無酸素系の過程で産生されたATP(アデノシン3燐酸)という形で供給されますが、この例では無酸素系エネルギーの動員が5,6ハロンを過ぎたあたりから、徐々に低下したと考えられます。一方では、全力疾走すると筋肉中に多量の乳酸が産生されます。「乳酸の産生は→水素イオン増加→PHの低下→筋小胞体の機能低下(カルシュウムイオンの放出低下)→筋収縮の抑制」となり、つまり、乳酸をたくさん産生すると筋肉が収縮できなくなるのです。後半の1200mあたりからハギノカムイオーの体の中では、一つには無酸素性エネルギーの産生量が減少し、一つには乳酸などの疲労物質の蓄積による筋収縮が抑制されて、大きくスピードダウンしたものと考えました。
 
■心理的疲労があったか
 
 最近、レースのような強い運動ではアンモニア(NH3)が生じ、これが中枢神経の代謝や興奮性を阻害することが分かってきました。ハギノカムイオーもこのアンモニアがたくさん産生されていたと想像されます。アンモニアによる中枢性、精神的、心理的と呼ばれる疲労が生じ、走る意欲(疲労に耐える)が低下していたのかもしれません。
 
■競走馬にはペース配分が必要
 
 サラブレッドは2,3ハロンだったら、ペースダウンすることなく全力疾走できますが、5,6ハロンを超える距離になると必ず筋疲労を起こします。したがって、どんなに強い馬でも、距離が長くなるほどペース配分の重要性が増してきます。

(競走馬総合研究所 久保勝義)



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