第6回 レース中に発症する心房細動

レース中に発症する心房細動
 
レース中に、スピードが突然に鈍ってズルズルと馬群から後退する馬がいます。1着馬から大差でゴールした後に、筋・腱・骨などを検査しても異常はなく歩様も正常で、聴診をすると不整脈があり、心電図を取ると心房細動が確認される例があります。JRAの2002年度競走馬保健衛生年報(馬事部編集)によると、延べ48,989頭がレースに出走したなかで、心房細動と診断される馬が25頭いて、これらはすべてレース中に発症したと考えられています。このような心房細動は発作性心房細動と呼ばれています。
 
馬のレース中の発作性心房細動は日本で発見された
 
馬にも心房細動があることは50年以上も前に分かっていました。それがレース中にも発症することが、1970年代の総研とトレセンとの研究によって分ったのです。京都、中京、阪神競馬場で8ヶ月間、1着馬から大差で遅れて入線した馬の心電図を記録したところ、5頭の馬に心房細動が確認されたのです。それ以降、大差で入線した馬には、心房細動を疑い検査されるようになりました。その後の統計によると、JRAでは毎年20-25頭ぐらいの競走馬がレース中に心房細動を発症しています。
 
なぜ、レース中に発症するのかは不明
 
人のスポーツにおいて、オリンピックに出るようなエリート選手にも発作性心房細動が発症することが知られています。なぜ、レース中に心房細動が発生するか原因はよく分かっていません。私たちの研究によると、レースのような激しい運動中の競走馬の心拍数は、220-240拍/分(あるいは250拍)に達し、そのような心臓への負担が大きいときに心房細動は発症しています。また、心臓カテーテルを馬の心房に挿入した実験では、1分間に280回以上の心拍数になるように電気刺激すると心臓病のない馬にも心房細動を発生させることができます。正常な馬でも、何らかの理由(たとえば心房性期外収縮など)で心拍数が1分間に250拍を越えるような事態がレース中に起きる場合に、馬の心房細動は発症していると私は考えています。現在のところ、ある馬を前もって検査して心房細動がレース中に発生するかどうかを予測することはできません。
 
総研には心房細動発症時の心電図記録がある
 
総研には、たまたま運動中に発生した心房細動の心電図を記録した3症例の心電図があります。2頭はスピードのピーク時に、1頭はゴールした直後に発作性心房細動を発症していました。いずれも翌日には消失していました。これらの経験から予測すると、レース中には、向正面、3,4コーナ、ゴール前、ゴール直後などで発生する可能性があります。向正面や3,4コーナで発生した場合は馬群からズルズル後退するシーンが認められ検査することになりますが、ゴール直前やゴール直後に発生した心房細動は見過ごす例があるかも知れないと考えています。
 
おわりに
 
1970年代以前にもJRAでは、発作性心房細動は現在と同じような比率で発生し、原因不明のまま処理されていたことでしょう。その後、競走馬診療所の検査、診断、治療、レース復帰への検査体制も整い、JRAの心房細動の医療体制は世界でも高いレベルにあると考えています。レースで心房細動を発症すると、翌日(あるいは次回)の成績表に、「レース中に心房細動を発症した」との報告が掲載されています。再発する例は稀です。

(競走馬総合研究所、久保勝義)


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