第9回 競走馬のスタートダッシュ時の走法

スタートダッシュとは
 
 
前号で、スターティングゲート内においては、競走馬の心拍数はスタートダッシュを予期して、駈歩時の心拍数と同じくらい増加していることを紹介しました。 スタートしてから全力疾走(スプリント)に移るまでの加速走法は、スタートダッシュ(Start Dash)と呼ばれています。人の100m競走では、スタートからトップスピードになる約20mあたりまでをいいます。競走馬ではスタートからトップスピードになる50m-100mあたりまでをいい、時間にすると数秒間のできごとです。今回は、このスタートダッシュに関する競走馬の研究、とくに走法の成績について紹介します。
 
スタートダッシュの生理
 
 
100mなどの短距離走におけるスタートダッシュ、つまり駐立からスプリントに移る走法は、ラグビーやサッカー、野球の盗塁などにおいても見られます。いいスタートダッシュとは、疲労は少なく速やかにトップスピードに移行することです。走るスピードはストライド×ピッチで決まり、ピッチを速くしたり、ストライドを大きくすることによってスピードは加速されます。ピッチやストライドを増加するには、筋力、パワー(力×スピード)、反応時間(収縮―弛緩の神経支配)、無酸素性エネルギーの産生などの生理機能が関与していると考えられています。
 
スタートダッシュの歩法に関する研究
 
 
実際にスターティングゲートを用いてスタートダッシュさせた競走馬の研究として、つぎの日本の研究が世界的によく知られています。
日本での研究:1:スタートダッシュ時に息を止める(1993年、総研)
スターティングゲートからの競走馬のスタートダッシュを、高速度カメラで撮影、テレメーターにより呼吸曲線と前肢の加速度曲線を記録、蹄跡などから歩法とストライドを観察しました。駈歩時には馬の呼吸と完歩は必ず同期(Attenburrow、1982年)している、つまり1完歩に1呼吸をすることはすでに証明されていたのですが、この研究では、スタート直後に馬は3-4秒間呼吸を停止し、スタートダッシュ時には例外があることが分かりました。しかも、スタート直後には回転襲歩から交又襲歩に移行していることも分かりました。
日本での研究2:ピッチよりストライドを伸ばすことによって加速する(1994年、総研)
 スターティングゲートからのスタートダッシュ時に、テレメーターにより四肢の加速度曲線を記録し、蹄跡からストライドを測定した結果、スタート直後にすぐにピッチは最大に達し、ストライドは徐々に増加してトップスピードに達することが分かりました(この研究では、ストライドは約25-30完歩、距離にすると約100m、時間すると約6-8秒)。その間、回転襲歩する馬、回転襲歩と交又襲歩の混在するもの、後肢をほぼ同時にキックするハーフバウンドから交又襲歩する馬などいろいろな歩法をとることが分かりました。この研究から、スタートダッシュ時の加速は、主にストライドを大きくすることでスピードを加速していることが分かったのです。
 
おわりに
 
 
1970年代の話ですが、「スタート直後やゴール前では、騎手も競走馬も息を止めている。息を吸って走る馬は勝負に勝てない。」と先輩から教わったものです。いまだに騎手が息を止めているかどうかは分かりませんが、馬については1980-90年代の研究によって、ゴール前では1完歩に1呼吸をしている、スタート直後には息を止める馬もいることが分かりました。スタートダッシュ時には、ハーフバウンド、回転襲歩, 交又襲歩などの歩法をとることも分かりました。漠然とテレビを見ていると、一様にみえる競馬のスタートダッシュも、実は馬によって大いに異なっていることがこれらの研究から推測されました。

(競走馬総合研究所、久保勝義)


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