第10回 スタートダッシュ時のエネルギー供給

筋の収縮にはATPが必要である
 
 
前号において競走馬は、@スタートダッシュ時、ハーフバウンド、回転襲歩, 交又襲歩などいろいろな歩法をとる、Aピッチはスタート後すぐに最大に達し、その後はストライドを増加させながら加速しトップスピードに達するという研究成績を紹介しました。走るには筋の収縮が必要で、筋の収縮には糖や脂肪を分解して作られるATP(アデノシン3リン酸、Adenosine Triphosphate )と呼ばれるエネルギー源物質が必要になります。馬も人間もその他の動物も、筋収縮のエネルギー源は、このATPという物質であることが分かっています。
 
ATPは3つのルートで供給される
 
 
馬の走行中のATPは3つのルートで供給されます。第1のルートはATP-CP系と呼ばれ、筋肉にあらかじめATPあるいはCP(クレアチンリン酸)という形で貯えられているもので、障害飛越など急な強い運動時に利用されます。第2のルートは乳酸系と呼ばれ、乳酸を産生しながら作られるATPです。第3のルートは有酸素系と呼ばれ、酸素を利用しながら作られるATPです。スポーツ科学では、ATPをたくさん産生でき(スピードやスタミナがあり)、それを効率よく利用して(いい走行フォーム)、走る意欲のある(気合のある)馬が、強い馬と考えられています。
 
スタートダッシュ時のエネルギー供給の研究
 
 
実際の競走馬のスタートダッシュにおいて、3つのルートのエネルギーを直接測定した研究者はいません。レース中の心拍数や直後の乳酸などが測定されており、これらからどのルートのエネルギーが利用されているかを、ある程度推測することができます。1980,90年代の馬用トレッドミルを用いた実験により、スタートダッシュのような運動開始時の肺、心臓、筋などの反応がたくさん研究されて、そのメカニズムがより詳しく説明できるようになりました。
 
スタートダッシュ時には3つのルートからのエネルギーが利用される
 
 これまでの研究から、スタートダッシュ時のエネルギー供給を推測すると次のようになります。スタートと同時に、第1のルートの筋に貯えられているATPが動員されゲートを飛び出します。すぐに第2のルートの「糖→ピルビン酸→乳酸」の代謝過程で生じるATPが加わりスピードは加速されます。第3のルートにおいても、スタートと同時に呼吸数、心拍数、心拍出量などが増加し、脾臓のヘモグロビンの濃い血液が循環血に加わり、酸素摂取量はだんだん増加し、「糖→ピルビン酸→水と二酸化炭素」の代謝過程で産生されるATPが増加します。つまり、スタートダッシュには3つのルートからのエネルギーがトータルで増加しながら、スピードは加速されると考えられています。
 
おわりに
 
 
レースのスタートダッシュ時の3つのルートからのエネルギー供給量は、個々の馬で異なっていると予想しています。その要因として、加速スピードの違い、トレーニングや生まれつきによる筋線維、心臓、血液などの機能の違い、馬のコンディションの違い、ウォーミングアップの違い(筋温や呼吸循環機能の立ち上がる速さの違い)などが関与していると私は考えています。


(競走馬総合研究所、久保勝義)


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