馬インフルエンザ (Equine influenza)

●はじめに

馬インフルエンザは発熱を伴う急性の呼吸器疾患で、届出伝染病に指定されています。伝播速度が著しく速いため、集団飼育されている馬群では多数の馬がほとんど同時に感染を受けたように見受けられます。通常、馬科動物のみが感染し、年齢および性別に関係なく発病し、臨床症状は人のインフルエンザに良く似ています。馬インフルエンザの発生はヨーロッパとアメリカではかなり古くから記録されており、現在でも毎年両大陸のどこかの地域で発生しています。わが国では1971年の暮れから翌年明けに大流行しました(図1)が、それ以来発生はありません。

図1. 東京競馬場における馬インフルエンザの発生頭数(獣医課による)


●病原体

馬インフルエンザの病原体はオルソミクソウイルス科のA型インフルエンザウイルスです。ウイルス粒子は円形または多形性で、外側をエンベロープ(皮膜)で包まれています。

ウイルスは核蛋白質、ポリメラーゼ、マトリックス蛋白質、赤血球凝集素 (HA)(図2)、ノイラミニダーゼ(NA)という主要な蛋白質で構成されています。A型インフルエンザウイルスは、エンベロープに存在するHAとNAの抗原特異性により多くのサブグループ(亜型)に分けられます。HA抗原はH1からH14、NA抗原はN1からN9までのサブタイプ(抗原型)があり、これらの組み合わせでウイルスの亜型が決定されます。馬インフルエンザウイルスにはウマ1型(H7N7)とウマ2型(H3N8)の亜型があり、ウマ2型ウイルスはウマ1型ウイルスより馬に対する病原性が強い傾向にあります。
図2. コンピューターグラフィックスにより描いた馬インフルエンザウイルスHA蛋白質の立体構造(右がウイルス膜方向)。QuickTime Movieで、回転させてみることができます。
動画の再生には、QuickTimeが必要です。うまく再生されない方は、上記よりQuickTimeをダウンロードしてください(動画は、MPEG4ファイルです)。

●感染様式

鳥類のインフルエンザでは排泄物に含まれたウイルスが水を介して消化器で感染しますが、馬を含む動物のインフルエンザでは、基本的には人間と同じように「咳」によって空気中に飛散されたウイルスが呼吸とともに空気感染します。そのため、この病気は馬群における伝播速度が非常に速く、1頭の病馬からまたたく間に多数の馬に感染が拡がります。自然界では、時として異なる宿主間でウイルス伝播が起こることが知られています。その例として中国で1989年から1990年に馬インフルエンザが流行したときに分離されたウイルスは、全ての遺伝子が鳥インフルエンザウイルス由来の遺伝子構造を有することが明らかにされました。また、これまでにいろいろな動物から分離されたインフルエンザウイルスの遺伝子配列を基に系統樹解析した成績から、A型インフルエンザウイルスは、発生学的に全てその起源を鳥インフルエンザウイルスに持つと考えられています(図3)。

図3. インフルエンザウイルスNP遺伝子の分子系統樹

 ※図をクリックすると拡大図が表示されます


●疫学

ウマ1型インフルエンザウイルス、A/equine/Prague/1/56(H7N7)が最初に分離されたのは、1956年チェコスロバキアのプラハ(Prague)でのことです。その後、ヨーロッパ、アメリカをはじめ世界中でウマ1型ウイルスによる流行がみられ、1980年まではこのウイルスが分離されていましたが、それ以降は確認されていません。一方、1963年にはウマ2型ウイルス、A/equine/Miami/1/63(H3N8)がアメリカのマイアミで競走馬から分離され、現在までウマ2型ウイルスによる流行が世界各国で引き続き起きています。表1に示した馬インフルエンザの流行は1989-90年の中国の例を除いて、全てウマ2型ウイルスによる流行例です。

1) 抗体保有馬群における発生
馬インフルエンザの発生状況は、過去に感染を受けた経験のある馬群またはワクチン接種馬群のようにウイルスに対する抗体を保有している馬群と抗体を保有していない馬群とでは大きな違いがあります。ヨーロッパやアメリカなどの常在地では、ほとんどが感染の経験を有する馬群のため比較的軽度な症状の流行形態をとります。また、最近の欧米における発生報告によると、季節に関係なく年間を通して発生していることがわかります (表1) 。 ワクチン接種による抗体保有馬群における発生状況については、1979年のスウェーデンにおける流行時に、1,011頭の発症馬について調査した成績が報告されています。それによると、ウマ1型とウマ2型ウイルスの混合ワクチンを定期的に接種していた馬では37%、定期的ではないものの、過去にワクチン接種の経験がある馬では77%が発病しましたが、ワクチン接種歴のない馬では98%もの馬が発病しました。最近の発生例としては、1992年の香港のシャティン競馬場において在厩馬はすべて定期的にワクチンが接種されていたにもかかわらず、958頭のうち402頭(42%)が発病しました。

表1. 最近の欧米諸国で報告された馬インフルエンザの発生状況(International Collating Centerの資料による)

国 名

1996

1997

1998

1999

2000

2001
1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月 1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月 1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月 1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月 1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月 1〜3月 4〜6月 7〜9月 10〜12月
デンマーク                                        
フランス
スウェーデン          
イギリス                  
アイルランド                                          
スイス                                              
ノルウェー                                          
イタリア                                              
トルコ                                            
アメリカ合衆国                                
アラブ首長国連邦                                            
 :流行 :局地的発生

2) 抗体陰性馬群における発生
代表的な例の一つに、わが国で起きた流行があります。1971年12月4日から翌年1月11日の僅か39日間で、全国的に6,782頭の発症馬が観察されました。東京都のJRA馬事公苑と東京競馬場、千葉県の中山競馬場および付属白井分場の各馬群における詳細な調査成績によると、合計2,064頭のうち1,934頭が発症し、発病率は93.7%でした。特に東京競馬場では在厩馬963頭中956頭(99.3%) (図1)が、馬事公苑では在厩馬171頭中168頭(98.3%)が発症し高い発病率を示しました。その他、海外の例では1986年に南アフリカで、1987年にインドで、それぞれ初めて発生して大きな被害を受けています。また、1989年に中国の東北部2省でトリ由来の新型インフルエンザウイルスによる大流行があり、約13,000頭の馬が感染し、そのうちの35%が死亡して大変な損害を被ったことが報じられました。そして、翌1990年にも同地区の1省で2回目の流行が発生しましたが、感染率は初回の流行の約1/2に減少し、死亡する例はありませんでした。幸いにも、この新型トリインフルエンザウイルスによる流行は、1990年以降報告されていません。その後、中国では1994年にも北部と西部の11省にまたがるウマ2型ウイルスによる大流行があり、137万頭が感染し、19,000頭が死亡したと伝えられています。

●臨床症状

感染初期には動作が鈍く、眼結膜は紅潮し、眼は湿潤で涙を認めることもあります。感染後、およそ24時間以内に体温は39℃前後に上昇し、人工発咳陽性、食欲不振となりますが、鼻汁はそれほど目立ちません。2-3日経過する頃から体温は40-41℃となり、多量の水様性鼻汁を流出するようになります。熱曲線は単峰性、2峰性、多峰性の発熱などさまざまですが、2峰性ないし多峰性を示すものが多く、典型的な症例としては激しい乾性の咳(図4)と粘稠性の強い喀痰の排出がみられます。解熱に伴い鼻汁は白濁ないし膿様となり(図5)、湿性の努力性発咳を示します(図6)。また、僅かな下顎リンパ節の腫脹が認められることも稀にあります。外見上健康となっても、運動負荷によって発咳することがあり、早くから負荷をかけ過ぎると症状が悪化します。安静療法を施すと、軽症例で1週間、重症例でも約3週間で回復します。大部分の馬は10日から15日で回復します。馬インフルエンザはウイルスの伝播力が強く、一旦発生すると急速に拡大する恐れがあります。したがって、臨床的によく似た病気と区別して、病馬をなるべく早く隔離することは流行の拡大を抑えるために重要です。つまり、馬インフルエンザでは発症の早期に激しい乾性の努力性の咳を頻発することが特徴的です。また、腺疫、馬鼻肺炎、馬ウイルス性動脈炎では下顎リンパ節の腫大が認められますが、馬インフルエンザでは軽度か、ほとんど認めることはありません。

図5. 黄白色で粘稠な膿性鼻汁を出している。

図4. クビを前下方に伸ばし、激しい乾性の咳をしている。

図6. 馬は首を伸ばし、少し口を開け、咳をする。


●診断

簡便な診断法として、鼻腔スワブを用いて採取した鼻粘膜細胞の塗沫標本について、蛍光抗体法によりウイルス抗原を検出する方法があります。この方法による抗原の検出は、発病後3日以内に検査することが推奨されています。最近、人のインフルエンザでは迅速診断法の一つとして鼻汁中のウイルス抗原を検出することができるエライサ診断キット(ベクトン・ディッキンソン社:Directgen FluA)が市販されており、これが馬インフルエンザの診断にも応用可能なことが報告されています。ウイルス分離法は、鼻腔スワブ材料を発育鶏卵(8-10日齢)の羊膜腔内または尿膜腔内に接種し、33-36℃の艀卵器で3-5日間培養します。分離ウイルスの同定は、馬インフルエンザウイルスに対する特異免疫血清を用いた血球凝集抑制(HI)反応またはPCR法によって行われます。血清診断法としてはHI反応が広く用いられます。馬インフルエンザが疑われる場合、症状を現している馬の急性期と、その2-3週後の回復期の血清についてHI反応を行い、回復期の血清に明らかな抗体価の上昇が確認されれば、その馬はインフルエンザウイルスに感染していたと判定されます。その他、中和試験や補体結合反応も使用されることもあります。


●予防と治療法

馬インフルエンザは伝染病のなかでも、集団で飼養されている競走馬にとって最も大きな被害を与える可能性があることから、現役の競走馬を中心にワクチン接種による徹底した予防対策が実施されています。軽種馬の一般的なワクチン接種方法は、まず育成期に基礎免疫(2週-2ヵ月間隔で2回接種)を行い、その後半年に1回ずつ春と秋に補強接種が実施されています。この馬インフルエンザの予防接種は、競走馬では厳密に守られており、もし接種方法に不備があれば国内移動はもちろん海外遠征にも支障をきたすことがあります。現在、わが国で使用されている馬インフルエンザのワクチンは、ウイルスをホルマリンで処理した不活化ワクチンです。このワクチンは血液中に中和抗体の産生を促し、ある一定のレベル以上の中和抗体価を獲得すれば発病を阻止するか、激しい症状を軽度に抑えることが知られています。しかしながら、ワクチン接種による抗体持続期間が短いため、半年に1回以上接種することが推奨されています。一方、ヨーロッパやアメリカで流行している馬インフルエンザウイルスは、それぞれ独自に少しずつ変異していることが明かにされています。このように人のインフルエンザウイルスと同様に、馬のインフルエンザウイルスも大なり小なり変化します。そのため、現在わが国で市販されている馬用ワクチンには3種類のタイプの異なるウイルス株が含まれていますが、今後とも世界各地の流行時に分離されたウイルスの性状を解析し、時代に即応したワクチン株を選択していく必要があります。
馬インフルエンザにかかった馬を治療するにあたっては、二次感染を防止することと体力を維持するための対症療法が中心となっています。人の医療分野においては、インフルエンザウイルスに対する直接的な治療薬としてアマンタジン(ノバルティスファーマ社)が1999/2000年のインフルエンザ・シーズンから使用されるようになりましたが、耐性ウイルスの出現および小児における神経興奮という副作用が問題となっています。一方2001年2月よりリレンザ(グラクソスミスクライン社:ザナミビルと一般的に呼ばれている)およびオセルタナビル(ロッシュ社)の販売が許可になりました。この2剤は、副作用も少なく耐性ウイルスも出現しにくいことが知られています。今後、輸入検疫における病馬の早期摘発やワクチン接種による予防対策を講じた上で、第3の防御壁として万一の発生や新型ウイルスの発生に対処するために、抗ウイルス剤の馬への応用について検討しておく必要があると思われます。