馬ウイルス性動脈炎 (Equine viral arteritis)


●はじめに

馬ウイルス性動脈炎の感染経路は、病馬のクシャミなどで空気中へ飛び散ったウイルスが、呼吸器を通じて別の健康な馬に感染するものと考えられていました。ところが、その流行を詳しく調べたところ、呼吸器感染だけではなく種付けによって感染する、いわゆる生殖器感染のあることが明らかとなりました。それは1984年、アメリカのケンタッキー州で流行したときの調査で、キャリアーとなった種牡馬の精液に混ざって排出されたウイルスが、種付けによって繁殖牝馬に感染することがわかったのです。この種牡馬は外見的には健康で種付けに全く支障がないため、健康な種牡馬と同じように種付けに使われました。そして種付けを終えた繁殖牝馬がそれぞれ自分の牧場に帰ってからつぎつぎに発病したために、異変にやっと気が付いたわけです。発病した牝馬は鼻汁中に多量のウイルスを排出するので、仔馬をはじめ周囲の馬が呼吸器感染によって感染し流行が拡大しました。本病は世界的に分布していますが、わが国は数少ない清浄国で届出伝染病に指定されています。


●病原体

病原体はRNA型のウイルスで、抗生物質は効きません。分類学上、アルテリウイルスの仲間に入り、発生学的にはコロナウイルスに近いウイルスと考えられています。世界的に多くのウイルス株が分離されていますが、血清型は1種類です。1953年に初めてアメリカで分離されたBucyrus 株が、代表ウイルス株としてよく知られています。


●感染様式

病気にかかって発熱など様々な症状を出している馬は、鼻汁中に多量のウイルスを排出します。ウイルスはその他、糞や尿に混ざって排出されることもわかっています(表1)。普通1-2週間もすると病馬は回復して元気になりますが、その後もまだ尿中にはウイルスが排出されますから、病気が治ったからといって安心できません。また、血液中からも長い間ウイルスが見つかっているので、感染源として注意しなければいけません。尿や糞、また血液などは、これらに別の馬が直接触れない限り感染の心配はありません。しかし、鼻汁に混ざって排出されたウイルスの場合はそうはいきません。病馬がクシャミをすると、飛散したウイルスが届く範囲の馬は、呼吸と共にウイルスを吸い込んで嫌でも感染してしまいます。一方、ウイルスは外見的には健康な種牡馬の精液中に、長期間排泄されることが明らかにされています。このような種牡馬の多くは、一生ウイルスを排出し続けるものと考えられています。このような種牡馬は保毒馬(キャリアー)と呼ばれ、本病の感染源として最も警戒する必要があります。野外調査の結果、馬ウイルス性動脈炎の流行で感染を受けた種牡馬の約1/3がキャリアーになることがわかっています。

 表1. 実験的に調べた種々の臨床材料からのウイルス分離期間

分離材料

ウイルス接種後の日数

血清

2-9

白血球

2-111

鼻腔スワブ

1-21

直腸スワブ

4-10

尿

4-34

精液

2-135


●疫学

1953年、アメリカのオハイオ州にあるスタンダードブレッド(繋駕競走用馬)の生産牧場で流行性感冒様の伝染病が流行し、同時に妊娠馬の流産が多発しました。同じような伝染病として馬インフルエンザや馬鼻肺炎は誰もが知っていましたが、このとき流産胎仔から新しいウイルスが分離され、新しい馬の伝染病であることがわかったのです。その後、良く調べてみると、馬ウイルス性動脈炎の被害がアメリカの各地に広がっていることがわかりました。ヨーロッパでは、1964年にスイスで流行があり、ヨーロッパにも同じ伝染病のあることが明らかにされました。その後実施された抗体調査の成績から、今では馬ウイルス性動脈炎は世界各地に分布していると考えられています。


●臨床症状

臨床症状はこれといった特徴がないほど様々ですが、それらは、発熱、元気消失、食欲不振、鼻汁漏出、結膜炎(図3)、眼瞼の浮腫、下顎リンパ節の腫大、後肢下脚部の浮腫、頚部から肩部への発疹(図1)、下痢、そして種牡馬では陰嚢および包皮の浮腫(図2)、妊娠馬の流産などです。ウイルスに感染してから発病するまでの日数は、感染の仕方によって若干異なります。呼吸器感染の場合は1-6日、生殖器感染の場合は6-8日といわれています。

図1. 表皮の発疹

図2. 陰嚢の腫大

図3. 眼結膜の充血


●診断

病馬について早く診断でき、しかもその後の流行の規模を左右するほど重要な診断法は臨床診断です。すなわち他の馬の伝染病でよく似た症状を起こすものを調べ、それらとの違いを比較してある程度の診断を下すことができます。例えば、最近の流行では発熱は軽く、四肢の浮腫や体表に発疹などを起こす例が多数報告されているので、わが国に常在する馬のゲタウイルス感染症との区別が重要となってきます。馬のゲタウイルス感染症は、夏の終わりから秋にかけて特定の季節にしか起こりませんが、馬ウイルス性動脈炎はいつでも流行します。確実な診断は、このような疑わしい馬からウイルスを分離するか、血液検査で抗体を調べることです。また、病馬の組織切片を顕微鏡で観察すると、動脈炎の名の由来を示す小動脈中膜の壊死像がみられます(図4)。

図4. 小動脈の病変


●予防と治療法

馬ウイルス性動脈炎は、馬から馬へ直接伝染します。そこで、これを予防するために感染のもとになる病馬をみつけだし、他の健康な馬から隔離しなければなりません。ここで問題となるのが、キャリアーの存在です。キャリアーは健康な馬と区別がつかないため、普通に観察しただけではなかなか判断がつきません。そこで外国の汚染地では、種付けに使用する種牡馬から精液を採取してウイルスの分離試験を行ない、キャリアーの摘発を図っています。予防のもう一つの方法にワクチンがあります(図5)。アメリカでは生ワクチンが市販され1984年の流行以来、ずっと使われています。特にアメリカのケンタッキー州では種牡馬に毎年ワクチンを接種して、新たなキャリアーをつくらないように気をつけています。その後1993年のシカゴのアーリントン競馬場で流行があったとき、アーリントンミリオン競馬開催を控えて在厩馬のほとんどにワクチンが注射されました。また、1993年に本病が初めて流行したイギリスでは、翌年の繁殖シーズンを迎え、発生地の馬に試験的に不活化ワクチンの使用を認めました。わが国においても既に不活性ワクチンが開発され、不測の事態を考えて備蓄されていますが、幸いなことにこれまで使用されたことはありません。このワクチンは呼吸器感染や生殖器感染の予防だけではなく、流産の予防にも有効なことが実験的に明らかにされています。治療法としては特別な薬は無いので、休養と細菌による二次感染の予防を図ることです。

図5. 馬ウイルス性動脈炎のワクチン(右側が不活化ワクチン、左側が生ワクチン)