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●はじめに
本症は、馬ロタウイルスが子馬に感染することによって急性の下痢を起こす伝染病です。この病気は1975年にイギリスで最初に発見されましたが、その後、アメリカやオーストラリアにも存在することが明らかにされました。わが国では、北海道日高地方で白痢と呼ばれる子馬の下痢症がたびたび発生していましたが、その原因は大腸菌によるものと考えられていました。競走馬総合研究所栃木支所では外国における発生例を参考に、馬ロタウイルスの関与に注目して白痢といわれる下痢便からウイルス分離を試みたところ、みごとに馬ロタウイルスが分離されました。これは1981年のことで、その後、生産地の獣医師との共同研究によって、日高地方には馬ロタウイルスが原因となって子馬の間に下痢症が毎年多発していることが明らかにされました。
●病原体
馬ロタウイルスは、直径70nmの球形粒子で2本鎖のRNA遺伝子を持つウイルスです(図1)。ウイルス粒子の表面には、2種類の感染に関係するタンパク質があり、このタンパク質の抗原性の違いによって、ウイルスが型別されています。その1つはG血清型、他の1つはP血清型として分類されています。馬ロタウイルスのG血清型にはG3、G5、G10、G13、G14の5つの型がありますが、P血清型には1つの型の存在しか知られていません。わが国ではG3、G10、G13の3つの型が存在することが確認されており、北海道日高地方で発生している子馬の下痢症のほとんどがG3血清型のウイルス感染によるものであることが明らかにされています。さらに、このG3血清型ウイルスについてRNA遺伝子の電気泳動型を調べたところA〜Dの4型に分類され、そのうち約90%のウイルスが電気泳動型Cであることも明らかにされています(図2、表1)。
図1. 馬ロタウイルス粒子(バア:100nm)
図2. 5株の分離ウイルスの代表株と4株の標準株の 電気泳動型 HI-23、R-3、HO-5、R-13:G3血清型馬ロタウイルス R-22:G10血清型馬ロタウイルス SA-11:サルロタウイルス OSU:ブタロタウイルス NCDV、KK-3:ウシロタウイルス
表1. 日高地方で分離された馬ロタウイルスの電気泳動型による分類
分離年度 供試株数 RNA泳動型 A B C D E 1981 4 3 1 1982 5 5 1983 12 8 4 1984 4 3 1 1986 52 51 1 1987 20 20 1988 10 9 1 1989 10 9 1 計 117 3 1 105 7 1 電気泳動型A〜DはG3血清型で、電気泳動型EはG10血清型です。
●感染様式
不顕性感染した成馬や発病した子馬が本病の感染源となります。感染した子馬は4〜6日間も下痢便にウイルスを排泄し続け、その糞便の中には極めて大量のウイルスが含まれています。僅か1グラムの糞便だけでも多数の子馬を感染させるために十分な量のウイルスが含まれています。感染経路は経口感染によるものです。例えば、種馬場に種付けに訪れた繁殖牝馬と一緒にやってきた子馬の下利便からよくウイルスが分離されます。このように感染子馬の移動によって種馬場や厩舎が汚染され、ウイルスの伝播が起こっているケースが少なくないものと考えられます。牧場間のウイルスの拡散はこのようにして起こっているのではないかと推察されます。
●疫学
日高地方では、毎年3月から8月にかけて子馬の下痢症が多発しています(表2)。表3に示すように下痢を発症した子馬の糞便からのウイルス分離成績から推察すると、少なくとも子馬の下痢症の26%は馬ロタウイルスによって起こったものと思われます。このように日高地方では、馬ロタウイルス感染による子馬の下痢症の発生頭数は毎年300〜400頭に達するものと推定されます。また、馬ロタウイルスによる下痢症は誕生直後から4カ月齢までの子馬に認められ、特に生後1カ月から3カ月齢の子馬に多発しています(表4)。
表2. 1982年〜1989年における日高地方の仔馬の下痢症の発生状況
年度 月 計 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1982 6 19 57 169 228 264 187 118 18 12 8 3 1089 1983 0 6 64 140 183 204 136 61 19 13 8 4 838 1984 3 8 86 152 203 245 120 33 4 4 5 2 865 1985 3 2 74 143 211 203 253 56 9 8 0 2 964 1986 0 5 58 171 275 313 301 73 8 3 2 1 1210 1987 0 2 57 165 209 212 140 25 0 0 0 0 810 1988 1 8 120 254 276 332 367 248 41 5 3 0 1655 1989 0 3 82 228 322 345 294 124 11 2 0 1 1412 計 13 53 598 1422 1907 2118 1798 738 110 47 26 13 8843
表3. 1982〜1989年における月別の仔馬の下痢便からのロタウイルスの分離状況(分離例数/検査例数)
年度 月 計 分離率(%) 4 5 6 7 8 1982 0/3 0/38 0/2 0/4 5/10 5/57 8.7 1983 11/32 2/59 5/25 18/116 15.5 1984 0/1 9/17 9/18 50.0 1985 1/10 15/47 8/20 24/77 31.2 1986 0/15 13/55 28/79 25/48 66/197 33.5 1987 4/36 15/55 10/15 29/106 27.4 1988 6/18 1/6 7/24 29.2 1989 0/7 5/21 5/22 6/13 16/63 25.4 計 6/44 43/209 66/270 54/125 5/10 174/658 分離計(%) 13.6 20.6 24.4 43.2 50.0 26.4
表4. 馬ロタウイルス感染症と発症日齢の関係
発症日齢 発症馬の頭数 2〜9 5 10〜19 3 20〜29 8 30〜59 16 60〜89 25 90〜123 14 計 71
●臨床症状
感染した子馬に最もよく見られる症状は、急性の下痢です(図3、図4)。下利便は白色のものから黄色のものまで様々ですが、一般に白痢と呼ばれる下痢症状を示したもののほとんどは馬ロタウイルスの感染によるものです。その他、軽度な発熱や哺乳の停止がみられます(図5)。このような臨床症状は日齢が低ければ低いほど重症になりますが、通常、死亡することはありません。
図3. 実験感染馬から排出された急性下痢便
図5. 馬ロタウイルス感染子馬の臨床および血液所見
図4. 下利便によって汚染された肛門周囲
●診断
下痢便の中には大量のウイルスが含まれているため、一般的には糞便からウイルスを検出することで診断されます。ウイルス検出には、ウイルス分離や電子顕微鏡によってウイルス粒子を観察する方法がありますが、最近ではウイルス遺伝子を検出するPCR法も用いられています。また、ラテックス凝集反応(図6)のように、比較的簡単に診断することができる方法もあります。
図6. ラテックス凝集反応像(右側が陽性、左側が陰性)
●予防と治療法
まず流行を防ぐために必要なことは、下痢を発症している子馬が発見されたなら、その馬をできるだけ早期に隔離し、他の子馬への感染を防ぐことです。また、発症馬の馬房や厩舎を十分に消毒することも大切です。厩舎担当者は衣服やその他の器物について清潔に心掛け、感染が拡がらないように注意します。
ロタウイルスに有効なワクチンは、これまで国内外を通して乳幼児のロタウイルス感染症においても、副作用のない有効なワクチンは開発されていません。最近、競走馬総合研究所栃木支所で分娩前の妊娠馬に不活化ワクチンを接種しておき、この母馬の初乳を飲ませた子馬が移行抗体を獲得して、その子馬が馬ロタウイルスの感染を免れたり、たとえ感染しても症状が大幅に軽減されることを実験的に証明しました。その後、実験を繰り返し安全で有効なワクチンができあがり、現在ワクチンメーカーから市販されるようになりました。
発症馬に対しては、脱水症状を軽減するために補液が唯一の治療法です。