水胞性口炎 (Vesicular stomatitis)


●はじめに

水胞性口炎はウイルスによる急性伝染病で、わが国では馬、牛、水牛、豚、シカ、イノシシを対象動物とした家畜伝染病に指定されていますが、その他、人(人畜共通感染症)を含めた多くの哺乳動物に感染します。馬に感染すると口腔粘膜、乳頭、蹄冠部、包皮などに水疱やびらんを形成しますが、死亡したり重度の後遺症が残ることはほとんどありません。本病は中央アメリカに常在し、毎年発生が繰り返されていますが、アメリカでは十数年周期で大きな流行がみられます。


●病原体

病原体は水胞性口炎ウイルスで、狂犬病ウイルスと同じ仲間のラブドウイルス科に属しています。このウイルスはRNA型の核酸を持ち、ウイルス粒子の形状は弾丸状で長さ130〜180nm、幅65nmの特徴ある形をしています(図1)。南北アメリカ大陸で発生しているウイルスにはニュージャージー(NJ)型とインデイアナ(IND)型があり、IND型はさらにIND-I、IND-II、IND-IIIの3つの亜型に分類されています。ウイルスの細胞感受性はよく、RK-13細胞、Vero細胞、BHK-21細胞など多くの培養細胞で細胞変性効果(CPE)を示して増殖します(図2)。また、ウイルスは発育鶏卵、哺乳マウスでも容易に増殖し、実験的には多くの哺乳類や蚊にも感染します。

図1. 水胞性口炎ウイルスの電子顕微鏡像

図2. 水胞性口炎ウイルスが接種されたBHK-21細胞の細胞変性効果(左:正常細胞、右:ウイルス接種細胞)


●感染様式

感染経路は吸血昆虫(蚊、ダニ、ブユ、サシバエなど)の介在による水平感染が主体です。しかしながら、発病中の馬、牛、豚などの唾液や水疱液などには大量のウイルスが含まれており、これも接触感染の原因となります。


●疫学

図3に示すように南北アメリカ大陸で発生しています。発生地域は、北アメリカと中央アメリカのメキシコ、パナマ、ベネズエラなどではNJ型とIND-I型、カナダとボリビアにはNJ型が分布しています。アルゼンチン、ブラジル、トリニダードではIND-II型、そしてIND-III型はブラジルにのみ分布しています。本病は本来馬の疾病と考えられていましたが、近年の馬における流行はほとんどが牛とともに飼育されている馬群や、牛の飼育場の近くで飼養されている馬群に認められるようになりました。本病の常在国であるメキシコでは、馬だけでなく牛や豚が同時に発病し、これらの家畜のあいだで毎年発生が繰り返されています(表1)。アメリカではおおよそ10年から15年周期で大きな流行がありますが、1982年から1983年にかけて16州で起きた比較的大きな流行の発生状況を表2に示しました。この時の発生家畜群の総数は617群でしたが、そのなかでも313群という半数以上の家畜群が流行に巻き込まれたコロラド州のフロントレンジ地区における人を含めた家畜の種類別感染状況を表3に示します。馬、牛、人の抗体保有率は馬で61%、牛で67.6%とほぼ同じような値ですが、人では14.7%とやや低い傾向にあります。これは家畜と人の生活環境の違いに基づく感染の機会の差によるものと思われます。また、抗体保有率が同等であった牛と馬における発病率は牛で4.5%であったのに対して、馬では44.7%とおおよそ10倍も高いことが示され、このウイルスが馬に特別な感受性を持っていることが理解できます。

図3. 南北アメリカ大陸における水胞性口炎ウイルスの分布


 表1. 1975〜1984年のメキシコにおける牛、馬、豚などの家畜群にみられた水胞性口炎発生件数

血清型

NJ

IN

NJとINの混合

1975

24

5

3

1976

33

16

4

1977

28

14

1

1978

64

0

0

1979

56

2

0

1980

71

15

0

1981

81

2

0

1982

67

3

0

1983

119

1

0

1984

94

1

0


 表2. 1982〜1983年のアメリカにおける牛、馬、豚などの家畜群にみられた水胞性口炎発生件数と発生時期

発生家畜群

最終発生時期
 ジョージア

2

1983年11月 7日
 コロラド

313

1983年 1月27日
 ワイオミング

54

1983年 1月17日
 ユタ

24

1983年 1月28日
 アイダホ

120

1983年 2月15日
 ニューメキシコ

37

1983年 3月18日
 アリゾナ

11

1983年 1月 4日
 モンタナ

16

1983年10月 8日
 ネブラスカ

10

1983年 5月25日
 サウスダコタ

1

1982年10月29日
 ワシントン

4

1983年10月 1日
 カリフォルニア

17

1982年12月22日
 ミズリー

1

1982年12月 3日
 オレゴン

2

1982年12月16日
 カンザス

4

1982年12月17日
 テキサス

1

1983年 2月 9日

16州

617件

 


 表3. 1982年のアメリカコロラド州フロントレンジにおける発生状況
    *:発症例数/検査例数、**:中和抗体陽性例数/検査例数)

動物種

発生頭数*(発生率)

血清疫学調査**(陽性率)

60 / 1,341 (4.5)

69 / 102 (67.6)

92 / 206  (44.7)

83 / 136 (61.0)

5 / 71  (7.6)

10 / 68  (14.7)


●臨床症状

最初40℃程度の発熱があり、舌、歯齦、口唇、口蓋、蹄冠部、乳頭、包皮、耳に水疱とびらんを形成して著しい流涎、嚥下障害、呼吸障害、破行などを示すようになります。特に舌や蹄冠部に現われた水疱やびらんは、馬の臨床症状としては本症に特徴的な所見と思われます。図4と図5に実験馬を使って試験的にウイルスを接種し、再現させた典型的な舌や蹄冠部の炎症像を示します。

図4. 舌上皮の広範な潰瘍

図5. 蹄冠部のびらん


●診断

馬では舌や蹄冠部に水疱やびらんを形成する疾病は他にないので、臨床的に診断することができます。しかしながら、食餌性の中毒で口腔内に類似の病変を現わすことがあるため、注意が必要です。確定診断は、ウイルス分離や血清中の抗体を検出して行います。ウイルス分離は、水疱液やびらん形成の病巣組織を培養細胞や哺乳マウスに接種して行います。抗体検査は発病時と回復時に採取した組血清を用いて、中和試験、補体結合反応、エライザなどで行います。図6に実験感染馬における3種類の抗体の出現と推移を示しました。

図6. 実験感染馬における経時的な各種抗体価の推移 


●予防と治療法

流行地で一時的にワクチンが使用されたことがありますが、現在では商品化されたワクチンはありません。悪性の海外伝染病であるため、なによりも蔓延防止につとめることが大切です。