研究基本計画
  

平成19年7月  

目 次

  概  要
  本  文
I.策定の考え方
  1.趣旨
  2.位置づけ
  3.性格
  4.期間
  5.組織機構および経営資源との関係

II.研究に関する基本的な考え方
  1. 競馬および競馬産業の発展に必要な調査・試験・開発の推進
  2. 研究の重点化と計画的な進行管理
  3. 研究成果の普及と技術支援
  4. 社会的な責任

III.研究分野 −現状認識、研究の方向および研究内容−
  1.スポーツ科学
   1)トレーニング法とその評価法に関わる研究
   2)高強度運動時の疲労に関わる研究

  2.スポーツ障害
   1)スポーツ障害に関わる研究
   2)プアパフォーマンス診断法の確立
   3)保健衛生に関わる研究

  3.伝染病対応
   1)馬感染症に関わる研究
   2)馬伝染病の防あつ対策に関わる研究

  4.馬場施設
   1)芝馬場に関わる研究
   2)ダートコースに関わる研究
   3)新素材馬場に関わる研究
   4)馬場管理機械および工法の開発研究

  5.その他の研究
   1)生産基盤対応に関わる研究
   2)遺伝育種学、分子生物学、行動生態学的研究
   3)公正確保に関わる研究

IV.研究推進に関する施策
  1. 研究推進体制の整備拡充
   1)研究の企画立案
   2)研究評価制度
   3)研究者の養成
   4)備品
   5)予算

  2.外部研究機関との共同研究ならびに委託研究の活用
  3.知的財産の創造、確保および活用
  4.成果の普及ならびに社会貢献

 
 
  

概 要

 競走馬総合研究所(総研)のあり方については、平成元年に「競走馬総合研究所のあり方に関する研究会」の報告書において基本的な考え方が示された。そこでは日本中央競馬会の企業内研究所としての総研の基本姿勢、組織、研究の範囲、研究者養成、研究管理等について、将来を見据えて幅広い角度から提言されている。
 その後、平成9年には総研の宇都宮移転を機に、総研の中長期的なビジョンを示した「競走馬総合研究所の現状と将来」が策定されたが、すでに10年を経ていることや平成12年に始まった国の行政改革の流れの中で本会を取巻く情勢が大きく変化していることから、見直す必要が生じてきた。そこで今般、今後10年程度先までを見通して総研が重点的に取り組むべき目標を明確化し、計画的かつ効率的な研究推進を図るため、「競走馬総合研究所の研究基本計画」を策定する。

1.研究に関する基本的な考え方
 日本中央競馬会は“競馬の健全な発展”を使命とし、競馬事業を通じて企業としての社会的責任を果すことが求められている。総研の役割は本会の一員としてその一翼を担うことであり、競馬の発展に資する研究、あるいは競馬産業の発展に必要な研究であって本会および競馬サークルから要請があるものや社会への貢献が求められるもの等を行う。
 研究では、課題設定から成果の普及・定着までが研究活動であることを認識し、さまざまな機会を利用して成果の普及対象者と連携をとり、効率的な普及を図る。

2.研究の重点分野とその方向
 
競馬の魅力のさらなる向上をめざした「スポーツ科学」および「スポーツ障害」の研究ならびに競馬の円滑な施行にとって不可欠な「伝染病」および「馬場施設」の研究を重点的に推進する。その他、重点分野をサポートあるいは補完するものとして、生産基盤対応、遺伝育種学・分子生物学・行動生態学、公正確保、馬科学等の研究を行う。

<スポーツ科学>
 
陸上競技や水泳競技など、人における各種の競技は、トレーニングや栄養管理などにスポーツ科学や栄養学を取り入れることで、競技力の飛躍的な向上が図られてきている。競走馬のトレーニングと栄養管理についても、従来からの経験と勘にたよるだけでなく、科学的視点から得られた研究成果を調教の現場に普及していく必要がある。
 そこで、総研では競走馬のトレーニングの評価法に関わる研究を実施するとともに、競走馬における高強度運動時の疲労とその改善につながる骨格筋機能やエネルギー代謝について研究を推進する。
 これにより、競走馬の走能力の特性を明らかにし、科学的に裏づけされたトレーニング法、栄養管理法、休養法などについて提言する。

<スポーツ障害>
 
近年、競馬の世界ではグローバル化が進展し、世界中で競走馬の熾烈な戦いが繰り広げられるようになった。このような状況にあって、日本産馬や日本調教馬が海外で活躍するようになり、わが国の競走馬も確実にレベルアップしている。
 競走馬のスピードが増し、ハイレベルな競馬が実現することは望ましいが、その代償として発生するスポーツ障害への対策を怠ってはならない。これまでも総研はこの分野で多くの成果を上げてきたが、今後も引き続きスポーツ障害の予防に向けた早期診断法ならびに早期復帰に有効な治療法およびリハビリテーション法について、先端医療技術も導入して新しい手法の開発をめざす。
 これにより、競走馬の事故防止を図るとともに、“丈夫な馬づくり”に寄与することによってファンに対して興趣ある競走を提供していく。

伝染病対応>
 
近年、中央および地方競馬交流競走の規模拡大に加え、調教や管理方法の多様化に伴って、競走馬の移動規模や頻度、速度が増しており、このような状況の下で馬伝染病が発生した場合、瞬く間に蔓延する恐れがある。また、競馬の国際化が進展する中、国内における馬伝染病の発生は、外国馬の国際交流競走への参加や日本馬の海外遠征の阻害要因にもなる。
 そこで、馬伝染病の疫学調査を推進し、わが国における疫学監視を強化するとともに、国内および海外伝染病の迅速診断法やより効果の高い予防法の改良・開発を行う。また、国内伝染病のうち、清浄化の可能性および価値の高いものについては調査試験研究を展開し、清浄化を進める。
 これにより、国内の移動に伴う入きゅう検疫の手続きはより簡素化され、また国際交流競走への参加も円滑に行われることが期待される。さらに、生産地においても伝染病の防あつは、生産効率の向上と生産基盤の強化をもたらす。

<馬場施設>
 
質の高い競走馬によるハイレベルな競馬を円滑に施行していくためには、走りやすく安全な馬場の研究は不可欠である。また同時に、競馬場は競走馬が疾駆する舞台であり、その景観の美しさはファンを競馬場にひきつける魅力の一つでもある。
 そこで、ダートコースにおいてはどんな気候条件の下でも走りやすさと安全性を維持する構造や素材について研究を推進していく。また芝馬場については、常にクオリティーの良好な、ダメージからの回復の速い草種の選抜と馬場管理システムについて検討を重ねていく。一方、競走馬が日常的に調教を行うトレセンの馬場は、これまでに種々のタイプの馬場が供されてきた。今後も、気象環境に左右されず、一定の馬場状態を保ち、緩衝性に富む馬場素材の選択および開発を推進するとともに、経済性および環境への負荷の軽減の観点から、リサイクル、リフレッシュ法についても研究を推進する。さらに、前記の各馬場について、状態を良好に維持するための管理機械の開発もおこなっていく。
 これにより、競走馬にとって走りやすく安全な馬場を提供するとともに、競馬ファンに感動を与える美しい舞台づくりをめざす。

<その他の研究>
 
競走馬のライフスパン全体を通じて総合的かつ有機的に研究を展開するために、生産基盤対応、遺伝育種学・分子生物学・行動生態学、公正確保、馬科学を扱う研究を推進する。
 これにより、上記の主要な研究分野を基礎的にサポートあるいは側面から補完する。また、競馬ファンの競馬に対する科学的な好奇心を惹起し、競馬の地位向上と発展に寄与する。

3.研究推進に関する施策
 
研究を効率的に進め、成果を効果的に普及するため、以下の諸施策を講じる。
1) 研究を効率的かつ効果的に推進するためには、事前にニーズを的確に把握するとともに事後に成果を検証することが大切であり、これらに研究評価制度を積極的に活用する。
2) 総研だけでは対処できない分野の研究ニーズについては、外部研究機関の人材あるいは施設等の有効活用の道をさぐる。
3) 研究資源のうち、最も重要な人的資源については、すぐれた研究者を今後とも継続的に確保するために、計画的な人材育成を図る。
4) 施設・設備・備品および予算などの物的資源については、研究成果の評価を拠りどころとして、適切な措置を求めて行く。
5) 総研が研究を推進していくためには、競馬サークルはもとより広く社会の理解と協力支援を得ることが不可欠である。そのために研究成果の公表等を積極的に行い、外部に対して十分な説明責任を果していく。

 
 
  

本 文


I.策定の考え方

1.趣旨
 競走馬総合研究所(総研)のあり方については、平成元年に「競走馬総合研究所のあり方に関する研究会」(「あり方研究会」)の報告書において基本的な考え方が示された。そこでは日本中央競馬会(JRA)の企業内研究所としての総研の基本姿勢、組織、研究の範囲、研究者養成、研究管理等について、将来を見据えて幅広い角度から提言されている。その後、平成9年には総研の宇都宮移転を機に、総研の中長期的なビジョンを示した「競走馬総合研究所の現状と将来」(「現状と将来」)が策定され、1)本所、両支所および日高研究施設の活用法、2)保健衛生、施設環境、伝染病対応、繁殖・遺伝、公正確保の分野の研究は現状のレベルを維持しつつ、今後はスポーツ科学およびスポーツ予防医学を重点研究課題とすること、3)外部研究機関を取り込んで実施する研究課題を明確にすることなどが取りまとめられた。
 「あり方研究会」の報告書に示された基本的な考え方については現時点においても大きな修正を加える必要はないと考えられる。しかし、平成9年に作成された総研の研究基本計画書ともいうべき「現状と将来」については、すでに10年を経ていることや平成12年に始まった国の行政改革の流れの中で本会を取巻く情勢が大きく変化していることから、見直す必要が生じてきている。そこで、今後10年程度先までを見通して総研が重点的に取り組むべき目標を明確化し、計画的かつ効率的に研究の推進を図るため、「競走馬総合研究所の研究基本計画」を策定する。

2.位置づけ
 この計画は、JRAがその使命とする「わが国の競馬の健全な発展」を推進するにあたって、競走馬の研究を担当する総研の中長期部門計画として位置づける。

3.性格
 この計画は、中長期展望に立って、重点的に取り組む研究について分野別にまとめたものである。平成20年度以降の研究は、原則として本計画に沿って実施する。

4.期間
 この計画は、平成20年度を初年度とする10ヵ年計画(平成20〜29年度)とする。

5.組織機構および経営資源との関係
 この計画は、平成19年度現在の総研の組織機構および経営資源(人員、施設、予算)を踏まえて策定したものである。なお、最終年度を待たずに、社会情勢、本会施策、行政および競馬サークルからのニーズの変化に対応して適宜、見直すこともある。


II
.研究に関する基本的な考え方

1.競馬および競馬産業の発展に必要な調査・試験・研究・開発の推進
 日本中央競馬会は“競馬の健全な発展”を使命とし、競馬事業を通じて企業としての社会的責任を果すことが求められている。総研の役割は本会の一員としてその一翼を担うことであり、競馬の発展に資する研究、あるいは競馬産業の発展に必要な研究であって本会および競馬サークルから要請があるものや社会への貢献が求められるもの等を行う。具体的には、“質の高い競走馬によるハイレベルな競走を施行すること”が興趣ある競馬の提供に不可欠であるため、総研としては“強い馬づくり”に関わる研究を積極的に推進していく。また、本会は競馬主催者としてレースの公正確保、人馬の安全確保、競走馬の福祉、競馬場等の環境対策さらには集団飼育下にある競走馬の伝染病対策などに万全を期すことが社会から要請されており、ここで生まれるニーズに対応した調査・試験・研究・開発に取り組む。

2.研究の重点化と計画的な進行管理
 試験研究の課題設定にあたっては、研究課題の重点化を図るとともに、研究ならびに技術開発から成果の普及までを見据えた課題設定を行う。重点研究課題については本会内の各事業所や関連部署はもとより外部の大学、独立行政法人、民間企業等とも連携を図るなど、プロジェクト研究や共同研究のスタイルを積極的に活用し、効果的かつ効率的な研究を実施する。
 また、研究評価制度の充実と活用を積極的かつ継続的に図り、各研究課題についての事前、中間および事後評価の結果を課題設定、進行管理および成果の普及に十分反映させていく。

3.研究成果の普及と技術支援
 課題設定から研究成果の普及・定着までが研究活動であることを常に認識し、さまざまな機会を利用して成果の普及対象者や協力機関と密接に連携を図り、必要があれば積極的に技術支援を行う。また、成果を効率的に普及するため、具体的な普及方法の検討や普及効果の客観的な評価を行う。

4.社会的な責任
 近年、企業活動の社会的責任ということが大きく取り上げられるようになり、企業活動としての研究においてもそれがますます重要になっている。総研は馬全般に関わる学術的研究ばかりでなく、教育、文化および産業の発展に必要な活動についても、これまでと同様に継続して行うことによってわが国唯一の馬の研究機関としての社会的な責任を果たす。


III
.研究分野−現状認識、研究の方向および研究内容−

 サラブレッドの育種改良に大きな影響を及ぼす競馬の国際化は今後とも進み、競走馬の資質はさらに向上する。この競馬のグローバル化に加えて競走馬の生産・育成・流通等の変化、厩舎関連システムの変更などにより、サラブレッドの育成技術および競走馬の調教システムも変化していくものと予測される。総研は、そうした変化に対応し、質の高い競走馬によるハイレベルな競走の円滑な施行を科学の面から支援していく責務がある。また今後、医療技術も大きな進展が予測されるが、必要な技術はいち早く取り入れ、競走馬医療に応用していくことが求められる。総研はこうした背景のもと、競馬の魅力のさらなる向上を目指した「スポーツ科学」および「スポーツ障害」の研究ならびに競馬の円滑な施行にとって不可欠な「伝染病」および「馬場施設」の研究を重点的に推進する。また、これらの研究をサポートあるいは補完するいくつかの重要な分野についても、その他の研究として合わせて実施することとする。


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1. スポーツ科学
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 この研究分野では、一流のアスリートともいえるサラブレッドの調教法や管理法について調査研究を推進し、その成果を迅速にフィードバックする。おもに運動生理学、生体工学、運動栄養学等の手法を用いて競走馬の体力評価法やコンディション判定法の開発を行う。
 これにより、わが国の競走馬のレベルアップが図られ、それが質の高い競馬につながり、競馬の魅力を向上させ、そして競馬の発展に貢献することを目指す。

現状認識と研究の方向
 陸上競技や水泳競技など、人における各種の競技は、トレーニングや栄養管理などにスポーツ科学や栄養学を取り入れることで、競技力の飛躍的な向上が図られてきている。一方、競馬サークルにおいても、管理や調教に少しずつ科学的視点が導入されるようになってきている。
 今後、競馬をよりハイレベルなものとしていくためには、調教方法や調教スケジュールを科学的に評価するとともに、栄養管理にも科学的視点を持ち込み、今以上に研究成果を調教の現場に普及していく必要がある。また科学的評価法の確度を増し、より精緻で感度の高いものにするためには、競走馬の走能力に関する基礎的研究を欠かすことはできない。
 そこで、総研では競走馬のトレーニング法とその評価法に関わる研究を実施するとともに、競走馬の生理機能とその改善につながる高強度運動時の疲労について研究を推進する。これらの分野の研究を総合的に行うことで、競走馬の運動能力を明らかにし、科学的に裏づけされたトレーニング法、栄養管理法、休養法などについて提言すると同時に、“強い馬づくり”ならびに競走馬の新たな魅力の探求とその普及に貢献する。


◆◆◆ 研究の内容 ◆◆◆

1) トレーニング法とその評価法に関わる研究
(1) 呼吸循環機能研究(心肺機能)

 現在、総研では全身持久力の指標としての最大酸素摂取量(VO
2max)や心拍出量などの測定を行っている。これらの指標を総合的に測定可能な研究機関は、JRAを除いては世界的に見てもそれほど存在するわけではなく、引続き測定ならびに評価を実施し、データを集積していく必要がある。今後の研究に当たっては、上記の指標を含む既存の測定項目に加え、筋線維の変化や酵素活性など分子レベルでの研究取組みを行う。
(2) 筋合成に関する研究
 骨格筋はトレーニングにより肥大し、徐々に運動に対する耐性を増す。これまでに、筋線維分類や諸酵素に対する運動やトレーニングの影響について研究してきたが、骨格筋の肥大や再合成機構そのものについての研究は行われていない。この研究は、トレーニングによる骨格筋肥大機能をより明らかにするために行う。
(3) バイオメカニクス(生体力学)
 バイオメカニクス研究では、動作解析などのキネマティックな分析と力学的な解析を効率的に組合わせる必要がある。現有の測定システムは世界的にみても十分満足できるものでもあり、今後も引続き、腱にかかる力等のバイオメカニクス研究を推進する。さらに、動作解析と酸素運搬機能の測定を融合させ、フォームと消費エネルギーとの関係等、運動コストに関する研究分野へも視点を広げる。 

2)高強度運動時の疲労に関わる研究
(1) 骨格筋機能に関する研究

 運動を直接行う骨格筋の機能解明については、従来は収縮タンパク質であるミオシンの酵素染色による筋線維分類や諸酵素の測定によって行ってきたが、今後はこれにとどまらず、筋収縮の制御機構に関する研究に着手する。
(2) エネルギー代謝に関する研究
 競馬では、いわゆる有酸素性のエネルギー供給と無酸素性のエネルギー供給の両方が最大限に働いている。つまり、糖分解から始まる乳酸生成も最大限に亢進している状態である。このような状態での代謝経路の詳細な研究は、高強度運動時の疲労研究に必要である。今後は、グルコース代謝や乳酸代謝に関する細胞ならびに分子レベルでの研究に取組む。
(3)高強度の運動負荷時におけるコンディション維持のための栄養の解明
 競走馬に負荷される高強度の運動は、個体の体力向上をもたらす反面、そのコンディションを維持するためには、極めて詳細な管理が要求される。栄養面からのコンディションの維持は、高強度の運動負荷により利用された栄養素の「速やかな回復」と位置づけられる。回復のための適切な栄養給与の指針を得るためには、運動中ならびに運動後における各種栄養素の利用実態を解明する必要がある。またこれの成績をもとに、動員された栄養素の補給のために適切な給与飼料の内容や給与方法について検討する必要がある。そのため基礎栄養(エネルギー、アミノ酸、ビタミン・ミネラル)にテーマを絞り解明を行う。
(4)パフォーマンス向上のための栄養素の解明
 ヒトでその効果がある程度証明されているエルゴジェニックエイド(パフォーマンス向上のための栄養素)のほとんどは、競走馬においては効果が確認されていない。しかし、競走馬の飼料の市場には、多くのエルゴジェニックエイドの商品が流通している。競走馬に対して、自然の飼料に含まれないようなエルゴジェニックエイドの添加を推奨するものではないが、公正確保の面からもその効果の有無の把握は必要である。そこで、エルゴジェニックエイドの摂取が、エネルギー代謝および体組成に対する影響を検討することで、競走馬のパフォーマンスに及ぼす影響を明らかにする。


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2. スポーツ障害
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 この研究分野では、日々の過酷な調教や競走で発生する競走馬の運動器疾患を中心に、競走能力に大きな影響を及ぼす呼吸器疾患や循環器疾患について診断、治療および予防法に関する調査研究を推進する。その他、消化器疾患など競走馬の保健衛生にかかわる分野も含め幅広く馬医療の向上を目指した研究を行う。
 これにより、強くて丈夫な馬が数多く確保され、質の高い競馬を提供することに寄与する。

現状認識と研究の方向
 近年、日本の競馬はグローバル化が進展し、海外との馬の交流の増加、競走馬の能力向上など、著しい成長を遂げている。競走馬のスピードが増し、ハイレベルな競馬が実現することは望ましいが、その代償として発生するスポーツ障害への対策を怠ってはならない。これまでも総研では競走馬のスポーツ障害について多くの調査研究を行い、その診断・治療・予防に大きな成果をあげてきた。しかし、スポーツ障害の発生を完全に防ぐことは不可能であり、研究者にはスポーツ障害をできる限り減少させる研究が求められている。
 このような現状を踏まえ、今後も引き続き競走馬のスポーツ障害の予防に向けた早期診断法、早期復帰に有効な治療法およびリハビリテーション法について、先端医療技術も導入して新しい手法の開発をめざしていく。同時に、これらの研究を推進する上で必要とされる病理学的診断技術の向上にも努める。
 また、競走馬の保健衛生の向上のため、運動能力に直接影響する運動器、呼吸器および循環器の障害ばかりでなく、消化器、眼科疾患などの、健康維持のために必要となる広範な医療分野において、高度な診断、治療および予防技術が求められている。そこで、これらの技術の向上を図るとともに、最先端の医療機器の競走馬臨床への応用についても検討をおこなう。
 これらの研究に取り組むことにより、競走馬の資質向上や事故防止を図り、最終的にはより質の高い競走の提供に貢献する。


◆◆◆ 研究の内容 ◆◆◆

1) スポーツ障害に関わる研究
(1) 腱・靱帯損傷の病態解明および治療・予防法に関する研究

 屈腱炎や繋靱帯炎は、競走馬の運動器疾患の中で極めて高い発症率を示す難治性疾患である。これらの疾患に関して、明らかな臨床症状を発症する前の前駆段階の病態を解明し、早期診断法および予防法の確立をめざす。また、高度医療技術である「幹細胞を用いた再生医療」を導入し、治癒期間の短縮および再発リスクの減少をめざした新たな治療法の開発を試みる。
(2) 関節軟骨、骨の修復に関する研究
 今日の競走馬臨床では、内視鏡を利用した骨片摘出術が日常的に行われている。しかし、骨片摘出部位の軟骨層の回復に関する知見は極めて乏しい。そこで、競走馬の関節軟骨修復に関する知見を得るとともに、成長因子徐放化技術による軟骨修復促進効果についての検討を行う。さらには、得られた技術を発展させることにより、骨折の治癒促進に関する研究を進める。
(3) 脆弱蹄の病態解明および予防法に関する研究
 トップスピードが時速60kmを越える競走馬では、その走りを支える蹄の健全性の保持は必須である。しかし、馬体の増大傾向に反して蹄は小型化しており、その走りを十分に支えきれていないと考えられ、装蹄困難なほど脆弱化した蹄をもつ競走馬が後を絶たない。そこで、蹄、特に蹄角質の脆弱化メカニズムを解明する目的で、蹄角質の異常に関して、組織学、病理学、機能生理学、および生化学の多方面から研究を実施し、その予防法を検討する。
(4) 末梢循環器障害を起因とした疾患に関する研究
 屈腱炎や蹄葉炎などの運動器疾患、あるいは出血性大腸炎や子宮動脈破裂などの内科的疾患は、血管の障害が発症に関係すると推測されている。そこで、各種疾患の病態を血管障害という観点から捉え、病理組織学的および生化学的な解析を実施し、その治療法ならびに予防法の確立に資する。
(5) リハビリテーション法の確立
 リハビリテーションには、より短期間に競走復帰を果たす方法が求められる。そこで常磐支所の施設を活用し、現在注目されているショックウェーブ療法のような新しい治療手段を積極的に取入れ、各競走馬にあわせて休養期間、リハビリテーションの内容、強度および実施期間を設定する。こうして得られたデータを分析することで、より優れたリハビリテーション法を確立するための基礎データを得る。

2)プアパフォーマンス診断法の確立
(1) 炎症性呼吸器疾患(IAD)の治療・予防法の確立

 IADとは発咳、気管内粘液の貯留、好中球性炎症を特徴とする若齢競走馬にみられる下気道疾患で、プアパフォーマンスの原因の一つとされる。その発症には様々な要因の関与が疑われており、JRA在籍の競走馬における発生状況の調査を開始したところである。今後、詳細な疫学調査を基にした治療および予防法のための研究を実施する。
(2) 運動性肺出血(EIPH)の発症機序の解明、予防法の検討
 運動性肺出血は競馬などの激しい運動後に肺から出血する現象で、馬特有の疾患である。発症要因としては、左心房高血圧に起因する肺高血圧が大きくかかわっていることが示唆され、また蹄着地衝撃が胸腔内圧変化に与える影響などの要因も重要と考えられているが、未だ不明な点が多い。そこで、この疾病のより詳細な病態発生を明らかにするとともに、出血後の肺組織の修復を促進する新しい治療法についても検討する。また、予防の観点から、幼駒期から育成期にみられるIADなど、本症のリスクファクターを減らす方向の研究にも着手する。

3)保健衛生に関わる研究
(1) 高度医療技術研究開発

 馬医療に対するニーズの多様化に対応するために、新しい医療技術の研究開発や高度医療機器の馬医療への導入を検討する。特にa.再生医療技術の馬医療への応用の可能性についての検討、b.屈腱炎、蹄葉炎、喘鳴症の新しい治療法の開発、c.運動器疾患や呼吸器疾患の早期発見のための新たな診断マーカーの開発、ならびに核医学の馬への応用、について検討する。
(2) 病態不明斃死馬および生検材料の病態解明
 臨床の現場では、原因不明のまま斃死したり、極めて難治性の経過をたどる馬にしばしば遭遇する。こうした症例では、その馬の管理者に病態を説明することは非常に難しく、専門の病理研究者の知識と経験が必要とされる。そこで、原因不明疾患の出現に対して、その病理学的解析を実施し、その成果を臨床の現場に還元する。
(3) 護蹄管理技術向上に関する研究
 装蹄技術と馬の走能力維持は、切り離せない関係にある。近年のスピード競馬、馬蹄の小型化により、蹄にかかる負担は旧来より増していると推測される。そこで、現代のスピード競馬にあって馬の走能力を十分に発揮させる装蹄技術を開発し、護蹄管理技術の向上を図る。


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3. 伝染病対応
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 この研究分野では、競馬の施行および軽種馬産業の発展に大きな影響を及ぼす馬の国内および海外伝染病の防疫に必要な調査試験研究を行う。具体的には、細菌・ウイルス・原虫等によって引き起こされる馬感染症の疫学監視、微生物学的、免疫学的、病理学的研究、診断・予防法の開発、実用化支援研究等を推進する。
 これにより、わが国の馬の防疫行政や防疫対策に寄与し、円滑な競馬の施行や馬産業の発展に貢献する。

現状認識と研究の方向
 近年、中央および地方競馬交流競走の規模拡大に加え、競走馬の調教や管理方法が多様化し、それに伴って移動規模や頻度、速度が増大しており、馬伝染病が発生した場合、瞬く間に全国的に蔓延する危険性が高まっている。また、競馬の国際化が推進される中、国内における馬伝染病の発生は、外国馬の国際交流競走への参加や日本馬の海外遠征の阻害要因にもなることから、伝染病対策はますます重要になっている。さらに、肉用馬をはじめ様々な用途の馬が競走馬の数十倍も輸入されており、海外伝染病が国内に持ち込まれる恐れも強くなっている。
 このような状況に対処し、国内伝染病の防あつや海外伝染病の侵入防止のため、わが国の馬群に対する馬感染症の疫学調査研究を推進し、生産地から競馬場まで疫学監視を強化するとともに、先端技術を活用し国内および海外伝染病の迅速診断法やより効果の高い予防法の開発・改良を行い実用化に供する。また、国内伝染病のうち、清浄化の可能性および価値の高いものについては、関係部署との連携の下、支援のための調査試験研究を展開し、清浄化を進める。
 これによって国内伝染病の防あつおよび海外伝染病の侵入防止がさらに推進されることになり、国内の移動に伴う入きゅう検疫の手続きはより簡素化され、円滑な施設間移動が可能となり、競走馬資源は一層に効率的に活用され、国際交流競走への参加も円滑に行われることが期待される。また、生産地においても伝染病の防あつは、生産効率の向上と生産基盤の強化をもたらす。以上のことにより、質の高い競走馬によるハイレベルな競馬の円滑な施行と軽種馬産業の発展に貢献する。


◆◆◆ 研究の内容 ◆◆◆

1)馬感染症に関わる研究
(1) 病原微生物の特性の解明

 細菌・ウイルス・原虫・寄生虫などによる馬の感染症の的確な診断・予防・治療法を確立するには、これら病原微生物の生物学的・免疫学的・遺伝学的特性を知ることが重要である。そのため、この方面の研究体制を整え基礎的知見を得ていく。とくに国内に常在する伝染性疾病でその血清学的診断法が確立されていないもの、あるいは診断法・治療法に問題が残されているもの(糸状虫症、馬パラチフス等)について取組んでいく。
(2) 感染形態、生体反応および発症メカニズムの解明
 ウマヘルペスウイルス等の病原体が外部から馬体内に侵入する際の感染形態や体内での動態を明らかにし、さらに馬体側の免疫応答・病変形成など侵入した病原体と馬体の相互作用を明らかにすることにより、流産など疾病の発症メカニズム解明の研究を進める。また、ワクチン効果等の評価手段の研究が不足しているので、この方面の研究体制を充実させ、馬の細胞性免疫機能評価法の開発を進める。これらは、効果的な予防薬の開発、的確な診断・治療法の確立につながる基礎的研究である。

2)馬伝染病の防あつ対策に関わる研究
(1) 診断および防除技術の開発

 軽種馬産業において大きな経済的損失が生じている伝染性の呼吸器疾患や流産をはじめとした様々な感染症について、1)の知見をもとに診断液やワクチン開発などを行い、診断の迅速化や精度向上および発生予防をはかっていく。当面、これまでに開発した馬鼻肺炎生ワクチンや腺疫特異的血清診断法などの実用化試験を進めるとともに、遺伝子組換え技術を用いて、より効果的で経済的な馬インフルエンザ等のワクチン開発をめざす。さらに、抗インフルエンザ薬の効果検討など感染症の有効な治療法につながる研究も進める。
(2) 海外伝染病の侵入およびまん延防止対策
 国際競走の増大や競走馬以外の馬の輸入増加にともない、国内では発生のない馬インフルエンザ、馬ウイルス性動脈炎、水胞性口炎、ウエストナイルウイルス感染症など海外伝染病の国内への侵入の危険性が高まっている。これら伝染病の侵入阻止や侵入した場合のまん延防止のため、迅速で高感度な診断法の開発を進め、診断・摘発体制の一層の強化を図る。また、効率的な伝染病のまん延防止対策に資するため、病性鑑定や疫学調査などを活用した疫学監視システム(馬感染症サーベイランス事業)の強化により国内での馬伝染病の発生状況を随時把握する。さらに、海外での新たな感染症の発生に際しては、適宜情報の収集や診断技術の習得などを海外関係機関との連携により臨機応変に対応していく。


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4. 馬場施設
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 この研究分野では、常に良好な馬場状態を維持し、より走りやすく安全な馬場を提供するために、「馬場構造と素材」、「馬場管理方法」、「馬場管理機械」に関する研究を行う。また、環境問題への配慮が不可欠とされる中、芝かすなどの処理方法や、馬場からの排水などが周辺環境へおよぼす影響を調べる。
これにより、公正な競馬施行と競走馬の事故防止に寄与する。また、馬関係施設の環境との融和に寄与する。

現状認識と研究の方向
 質の高い競走馬によるハイレベルな競馬を円滑に施行していくためには、走りやすく安全な馬場の研究は不可欠である。また同時に、競馬場は競走馬が疾駆する舞台であり、その景観の美しさはファンを競馬場にひきつける魅力の一つでもある。
 そこでダートコースにあっては、どんな気候条件のもとでも安全性と走りやすさを維持する構造や素材について研究を推進していく。また芝馬場については、常にクオリティーの良好な、ダメージからの回復の速い草種の選抜、馬場構造、管理システムについて検討を行う。
 競走馬が日常的に調教を行うトレセンの馬場は、競馬場よりも素材の選択が自由であり、現在までに種々のタイプの馬場が供されてきた。今後も、環境変化に左右されることなく一定の馬場状態を保ち、かつ緩衝性に富む、安全な馬場素材の選択および開発を推進するとともに、経済性および環境への負荷の軽減の観点から、素材の質を落とさないリサイクル、リフレッシュ法についても研究を推進する。
 さらに効率的な馬場管理のために、ニーズに応じて管理機械の開発も行っていく。


◆◆◆ 研究の内容 ◆◆◆

1) 芝馬場に関わる研究
(1) 通年緑化に適した芝新品種の生育比較調査、優良芝の選抜

 芝馬場のシバが常に良好なクオリティーを保持し、また、蹄により損傷しても早期に回復するシバや、ウインターオーバーシードの影響を受けにくいノシバの選抜など、競走馬の事故防止に貢献する研究を行う。
(2) 芝草の適正管理・生育診断法の開発
 芝草の基礎的な生理ならびに生態を把握し、競馬場ごとの開催時期やウインターオーバーシードの管理に合わせて、環境にも配慮した適正で、きめ細かい管理方法確立のための研究を行う。また、研究素材として日本全国のノシバの系統を多数収集し維持保存する。
(3) 緩衝性・透水性に優れた馬場材料・構造の開発
 日本の気候条件に合った、緩衝性と排水性が良くシバの生育に適した芝馬場の材料、構造について研究する。

2) ダートコースに関わる研究
 現在国内で使われているダートコースは、日本の気象条件に合致した排水性に優れ、降雪や凍結に対応できる馬場構造で日本型全天候馬場といえるが、さらに馬場状態の回復性に優れた馬場素材や馬場構造などについて調査研究する。

3) 新素材馬場に関わる研究
 冬期間の競馬や調教を実施するために欧州で開発されたウッドチップ馬場が、現在の日本の調教馬場の主流となっているが、調教利用頭数の増加に伴い著しい劣化を招いており、その対策に苦慮している。一方、あらゆる気象条件下で均一な馬場状態と緩衝性を保持できる新素材を使用した全天候型馬場は競走馬の安全のための究極の馬場といえる。そこで、均一な馬場状態と緩衝性の保持が可能な新素材について、日本の気象条件に合致した全天候型馬場(オールウェザートラック)を構築するという観点から研究を進める。

4) 馬場管理機械および工法の開発研究
 均一な馬場状態を維持し、効率よく精度の高い日常の馬場管理を実施するための機械の開発、また、管理方法や馬場築造工法の改良のための研究を行う。


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5. その他の研究
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 前出のスポーツ科学、スポーツ障害、伝染病対応、馬場施設以外の研究分野として、競走馬のライフスパン全体を通じて総合的かつ有機的に研究を展開するために、生産基盤対応、遺伝育種学・分子生物学・行動生態学、公正確保、馬科学を扱う研究を推進する。
 これにより、他の主要な4つの研究分野を基礎的かつ側面からサポートあるいは補完する。また、競馬ファンの競馬に対する科学的な好奇心を惹起し、競馬の地位向上と発展に寄与する。

現状認識と研究の方向
1)生産基盤対応
 競馬の魅力は生産がともなって初めて完全なものとなる。競馬が血統のスポーツと言われる所以である。そこで、生産性を向上させ、日本における競走馬生産を磐石なものとするため、馬の臨床繁殖学について基礎および応用研究をおこなう。また、産駒の健全な成長を促し、基礎体力の養成を確実なものとするために、各ステージにみあった飼養管理法、草地およびその管理法についても研究を推進する。
2)遺伝育種学、分子生物学、行動生態学的検討
 馬の発育段階で認められる整形外科的疾患(DOD)や糖代謝様式、筋肉疾患など運動機能に重大な影響を与える病態には遺伝の影響が少なからずあると考えられる。また競走馬のパフォーマンスには遺伝が大きく関与している。これらに関する疫学的、集団遺伝学的検討ならびに遺伝子レベルでの解析を実施し、効果的な予防法について検討する。
 さらに、馬の生物学的特性や特異性を明らかにするために、生理学ならびに生態学的観点から基礎的・学際的検討を行う。
3)公正確保
 公正確保は競馬事業運営の基盤と言える。公正確保があってはじめてファンの信頼が得られる。競馬の公正確保に不可欠な、ドーピング検査と血統登録に関わる個体識別法の改良および開発に関する研究を継続して実施する。


◆◆◆ 研究の内容 ◆◆◆

1)生産基盤対応に関わる研究
(1) 若馬の発育・成長に関する研究

 成長過程に起こる様々な疾患発症の予防、生産性の向上のため、理想的な成長曲線の作成、各成長部位のアロメトリー解析(成長によるプロポーションの変化についての解析)を行う。また筋肉内でのアミノ酸代謝あるいはその利用性について、各種必須アミノ酸要求量の策定を行う。
 成長期の整形外科的疾患(DOD)について遺伝、発育、栄養、環境ストレス、創傷などの各種要因の相互関係を明らかにすることにより、発症率を低減させるような飼養管理技術の確立を目指す。
 さらに、馬の健康維持に資するための基礎的な知見を得るため、腸内細菌叢形成に関して研究を進める。
(2) 飼料、飼養管理と草地管理に関する研究
 若馬の発育・発達に適した飼料として、従来の炭水化物主体の飼料だけではなく、消化性の高い繊維質や脂肪を主たるエネルギー源とする飼料についても検討を行い、総合的に質の高い若馬に育成するための飼料を開発する。
また放牧地について、分娩前後の繁殖牝馬から育成馬にいたるまでの各ステージそれぞれに適した放牧条件と草地管理方法を確立する。
(3) 繁殖に関する研究
 生産性を向上させるためには、分娩後の子宮機能の客観的評価が不可欠である。そこで、生産現場の獣医師が共通の理解をもって分娩後の子宮機能を評価し、交配の是非を決定するための客観的診断基準確立をめざす。
 さらに、馬の繁殖生理、特に卵巣機能について、内分泌学的に診断するための評価法を開発し、ついでライトコントロール法や排卵誘発剤利用の効果などの繁殖牝馬の卵巣機能に関する応用研究を行い、効率的な繁殖管理法を開発する。
 また、ウマにおける妊娠認識物質の探索と同定を行い、それらを利用ならびに応用することで、早期胚死滅の予測と予防法を検討する。
 さらに、わが国における競走馬の早期(厳寒期)での生産技術を確立するために、新生子の寒冷からの保護や、十分な放牧環境の確保、適切な栄養補給など、寒冷気候という不利な条件を克服し、新生子の健全な発育にマイナスの影響を及ぼさないような管理技術についても検討を行う。

2)遺伝育種学、分子生物学、行動生態学的研究
 平成3年より開始した馬の遺伝子研究の蓄積とともに、国際馬ゲノムプロジェクトによる共同研究で、マイクロサテライトDNAをはじめとする多くの多型マーカーを開発するとともに、連鎖解析や連鎖不平衡解析などの研究手法の有用性を確認することができた。こうした研究成果の蓄積をもとに、強い馬づくりのために、特定の遺伝形質の原因遺伝子を解明する研究や、サラブレッドの競走能力に関わる遺伝的な差異を明らかにするための基礎的な研究を実施する。
 また、馬は近年、競馬のみならず、乗馬やコンパニオンアニマルとしても注目され、人との関りの中で、馬のもつ能力が有効活用されている。こうした状況下において、馬のもつ行動特性を明らかにするとともに、行動特性の品種間における差異や、サラブレッドの同一種内における差異を、科学的な手法を用いて解明し、馬と人との共生を図る。

3)公正確保に関わる研究
(1) ドーピング検査法の改良開発

 国際的なドーピング検査の標準化を目標として、新たな禁止薬物の検出法や海外で開発され使用されるようになった検査法の導入などに関する研究を競理研と共同で実施する。
(2) 遺伝子ドーピング検査法
 遺伝子ドーピングとは、遺伝子を人為的に操作し、身体能力を高めようとする行為で、具体的には「赤血球やある種のたんぱく質を、効率よく作り出すような遺伝子を馬体に組み込む」ような技術が考えられるが、現在はまだ実用化はされていない。しかし、こうしたドーピングの摘発に関する基礎的研究も実施する。
(3) 血統登録に関わる個体識別法の改良開発
 軽種馬の正しい血統の保持は、競走馬の改良と競馬の公正確保に欠かすことができない。今後は、現行の親子判定検査法の定期的な評価や見直しを行うとともに、識別力の高い新たなマーカーを開発する。また、血統登録の個体識別法を充実させるために、毛色や性判別のためのDNA検査法を確立する。


IV
.研究推進に関する施策

 総研は限られた研究資源を活用し、研究を効率的に進め、さらに得られた研究成果を効果的に普及するため、研究推進に関する諸施策を整備拡充する必要がある。
 研究を効率的かつ効果的に推進するためには、事前にニーズを的確に把握するとともに事後に成果を検証することが大切であり、これらに研究評価制度を積極的に活用する。また、総研だけでは対処できない分野のニーズについては、外部の研究機関、人材あるいは施設の有効活用の道をさぐる。
 研究資源としては研究者、施設・設備・備品および予算を最大限に活用する。ただし、すぐれた研究者を今後とも継続的に確保するためには、計画的な人材育成制度が不可欠である。また、施設・設備・備品あるいは予算など物的資源については、研究成果の評価を拠りどころとして、適切な措置を求めて行く。
 総研が必要な研究を推進していくためには、競馬サークルはもとより広く社会の理解と協力支援を得ることが不可欠である。そのために研究成果の公表等を積極的に行い、外部に対して十分な説明責任を果していく。

1. 研究推進体制の整備拡充
1)研究の企画立案

 総研では、次年度から開始する研究計画の説明会を、1月の完了成績・継続研究報告会を受けて、3月に実施している。この説明会では、研究室長から当該研究室の現状と将来について説明を行い、新規計画の位置付けなどを明確にさせている。また、研究の背景、期待される成果とその活用など、研究遂行にあたり重要と考えられる点をすべて網羅して説明が行われている。さらに、説明会には本部を含め本所、支所、日高の関係者すべてが出席し、情報の共用化を図っているなか、本所、支所、日高において事前に準備会を実施し、十分に論議され内容の錬られたものが説明会で提案されるように図られている。今後は、研究の企画立案に要する時間の更なる短縮化を図るべく、総合研究企画委員会までの作業の効率化を推進していく。
2)研究評価制度
 総研では、平成16年より、本会外の学識経験者を外部評価委員として委嘱することで、研究事業運営の一層の公平性、客観性、透明性の確保、研究の活性化と効率的推進を図る、新しい研究評価制度を導入した。この制度下では、新規研究計画の企画立案において、研究に対する必要性や緊急性についての徹底した議論がなされ、かつ学術的観点から貴重な意見が数多く出されている。また、完了研究成績に関する事後評価については、学術ならびにニーズの両面から真摯な評価が加えられ、成果の普及や活用について的確なアドバイスが与えられている。研究担当者は、これらの意見を研究計画や成果の活用に積極的に取り入れ、より目的が明確で効率的な計画への変更および精力的な研究成果の普及を実施している。今後とも、この評価制度の検証と改善を繰返し、研究推進体制の強化を図る。

3)研究者の養成
 総研における研究者の養成については、平成16年に策定ずみの養成システムを基本としつつ、個人に合わせたきめの細かい配慮が求められる。このシステムのなかで、学位取得、国内外における研究留学および研修等についても体系的に整備されており、今後はそれに沿った養成を実施し、より学際的な見識を持った研究者を養成する。さらに、長期のみならず短期間の海外研修、あるいは国際会議への参加などの機会を増やし、国際的にも通用する研究者養成の手段の一つとする。なお、研究者を養成するにあたり、その者には計画的かつ効率的な教育訓練を受けさせる必要があり、総研にその条件が整っていない場合、大学等の研究者養成機関を積極的に活用する。
 また、本会獣医師のライフスパンを考慮した効率的な研究者の養成を図る。すなわち、総研の研究者のうち、約半数は臨床獣医師としての経験をもっており、それが研究推進のモチベーションの維持向上に役立っている。博士課程卒以外の研究者については、今後とも、基本的にこの方針を堅持する。そのために、総研と競走馬診療所との人的交流を行い、相互の人材を養成する。現在、東西トレセンで臨床獣医師として勤務した経験を持つ者を、2〜3年間に渡り総研で研究を体験させ、研究計画立案、成績の取まとめ、論文執筆など、一連の研究手法を習得させ、診療所に戻すということが行われている。反対に、臨床経験を持たない研究者を一定期間に渡り、臨床を体験させるシステムも今後検討されるべきであろう。このことは、臨床現場における共同研究の効率向上と、総研における競馬サークル内のニーズの把握に有効に働く。

4)備品
 予算の削減の中で、備品費も大幅に抑制されてきた結果として、耐用年数を過ぎた備品等の故障が頻発するなど、今後の研究推進にも支障が出ることが懸念されている。既存施設の整理合理化や備品の共有化を図るとともに、総研研究備品管理委員会において備品の優先性について十分討議し、効率的かつ計画的な購入・更新等の維持管理を実施する。

5)予算
 本会の売上げ低迷に伴い、衛生研究費は減額が続いている。今後については、後述する普及あるいは本会内職員を焦点とした情宣などを馬事部とも連携しながら実施し、総研の研究成果を積極的に普及するとともに、競馬サークル内での総研の重要性をアピールして、予算獲得に繋げたい。
このほか、経営改革委員会において外部研究資金の導入が検討された。外部資金の導入ではないが、総研では従来から本会以外の研究資金で活動している外部の研究者と共同研究を実施し、研究の幅を広げることに活用してきた。しかし、平成18年に文部科学省から指定研究機関の指定を受けるまで、総研が未指定であることを理由として、共同研究に参画できない事例があった。現在ではそのような事態は避けられることになったので、このような制度を利用し、効率的に研究を推進していく。

2.外部研究機関との共同研究ならびに委託研究の活用
 近年、国立スポーツ科学センターの設立に見るように、人のスポーツ科学においては、より科学的な手法を取入れる傾向にあり、総研においてもその必要性を感じていることから、人のスポーツ科学と共通の土台の上で、研究を推進する機運が高まっている。さらに、近年の著しい技術革新の結果、さまざまな生体情報の測定技術が開発されており、従来では入手困難であった成績が得られるようになった。また、再生医療、生体や病原微生物の遺伝子解析など、総研の保有する技術ならびに知識が、学際的に外部研究機関と協調できる環境が整いつつある。今後とも、国内外の研究者との共同研究体制をさらに充実させ、人材不足の補てんのみならず、効率的な研究の推進に貢献していく。
 一方、総研では招聘ならびに委託研究などの形で、外国も含めた外部研究機関への資金提供も幅広く実施してきた。これは、総研の研究の補完ばかりではなく、馬の研究者の養成、ならびに馬に関する外部研究機関の活性化と、馬科学全体のレベルアップを目的としている。今後とも、総研は馬科学研究のリーダーとしての役割を積極的に担っていく。

3.知的財産の創造、確保および活用
 個人の研究成果を評価する物差しとして、多くの研究機関では、学術論文と特許権の取得の数を基準とする傾向がある。総研でも、この考え方を踏襲し、例年数件の特許出願ならびに審査請求を行っている。しかし、実際にそれらをもとに、ワクチンなどをメーカーから安く購入できることはあっても、特許使用料を取得したものは皆無である(馬用生物製剤等は市場規模が小さく、開発費が回収できないため)。今後は、経費の有効利用を第一として、効率の良い知的所有権の確立を目指す。

4.成果の普及ならびに社会貢献
 優れた研究成果をあげるためには、その普及対象を明確にすることが重要である。総研の研究においては、成果の普及対象が多様であることから、それぞれを明確にしたうえで普及、実用化、事業化を進める必要がある。それに向け、総研としての研究情報に関する基盤を整備して、研究成果に関する情報の収集・提供機能を強化する。
 総研は研究成果を科学論文として公表するほか、年6回発行している普及誌「馬の科学」をはじめとする種々の印刷物を通して、研究成果の普及を図ってきた。また、ホームページを平成13年8月に開設し、高いアクセス水準を誇っている。今後とも、総研の研究分野に関連する情報や研究成果を各種出版物やホームページで公表すると同時に、馬に関る知識や情報を整理して、不特定の者が自由にホームページを通してアクセスできる形で公開していく。
 さらに、生産地やトレセンなどにおいても、講演会やシンポジウムを開催し、成果の普及を図ってきた。今後も、本部ならびに関連部署などとの連携と協力体制を組織的に確立し、効率良くしかも継続的に実施する。
 一方、研究成果を普及・定着させるための技術支援や人材育成支援についても積極的に行っていく。例えば総研では、全国の家畜保健衛生所の職員を集め、馬感染症についての講習会を毎年実施したり、国内で飼養されている馬の感染症の病性鑑定を実施したりしているが、これらは社会貢献的な意味合いが深いものである。また、これまで総研は外部研究機関から研究者のみならず学生なども受入れて、馬に関する研究教育活動を支援してきた。今後とも、総研は馬に係る国内唯一の研究機関として、研究活動を通じて社会貢献を果たしていくものとする。

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