馬伝染性子宮炎の流行とその防あつ
馬伝染性子宮炎(CEM)は、ヒトの淋病や梅毒と同じ性感染症の仲間です。
この病気は繁殖シーズン中に流行しますが、伝播力が強く、感染した1頭の種雄馬との
交配により多数の雌馬が感染します。感染した雌馬は子宮内膜炎や不妊症を起こします
ので、受胎率が著しく低下します。1977年に最初の発生が英国で報告されましたが、生
産者は数十億円という甚大な被害を受けました。本病は瞬く間にヨーロッパからアメリ
カ、オーストラリアへと広がり、1980年にはわが国の馬産地でも大流行し、生産者に大
きな被害を与えました。
総研では、直ちにCEMの研究を開始し、短期間で防疫対策の準備を終えました。
1978年にはフランスで開催されたCEM国際会議に栃木支所の職員を派遣するとともに、
イギリスから菌株を輸入し国公立の試験研究機関に分与しました。また、1979年には防
疫対策に必要な各種診断法を確立し、流行時に必要な大量の診断用抗原や血清を備蓄し
ました。さらに、生産地から派遣された獣医師を1ヶ月間研修する一方で、1980年始め
には防疫用パンフレットを関係者に配布しました。
わが国では1980年の初発生時に、2週間交配を中止して防疫対策を行いました。
1980年4月末に、前年研修を受けた獣医師から新型子宮炎の流行に関する一報が入り、
5月初旬に検査材料が送られてきました。病性鑑定の結果、CEMと判明し、5月21日
にはJRAから衛生課へ検査結果が報告され、5月30日には衛生課から正式に本病の発
生が報告されました。一方、生産地では対策会議が開催され、5月28日から2週間交配
を中止し、その間に全ての種雄馬と繁殖雌馬の検査を実施することが決定されました。
JRAでは、北海道農務部長の依頼により栃木支所の職員を現地に派遣するとともに、
対策資金を提供し、本病の防疫対策に全面的に協力することになりました。
初期防疫対応とその後の防疫体制の強化により多くの感染馬が摘発されました。
栃木支所職員の指示のもと、検査材料の採取、培地の作製、細菌培養及び同定などの作業
が、家畜保険衛生所、軽種馬農業協同組合、農業共済組合、獣医師会などを中心に昼夜を
徹して行われました。その結果、わずか2週間のうちに全ての種雄馬と繁殖雌馬につい
ての検査が最低1回は終了し、200頭以上の感染馬が摘発されました。その後、感染
馬の摘発は1981年の春まで家畜保健衛生所を中心に繰り返して実施され、新しい繁殖
シーズンを迎えるまでには、本病の防圧に不可欠な自衛防疫組織の設立と防疫対応マ
ニュアルの確立がなされました。また、それに伴って本病の流行による騒ぎも治まり、
受胎率についても平年並みまで回復させることに成功しました。
(総研 鎌田正信 2001.10)

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