馬伝染性子宮炎PCR診断法の開発

馬伝染性子宮炎とは    馬伝染性子宮炎は、馬伝染性子宮炎菌(Taylorella equigenitalis)が交尾感染して子宮炎を 起こす病気で、わが国の家畜伝染病予防法では届出伝染病に指定されています。本病は、臨床症 状として子宮外口の充血と浮腫および外陰部からの悪露を認めます(図1)。発症しても馬の命 にかかわるようなことはありませんが、子宮炎が完治するまでは受胎しないため、サラブレッド の生産者に大きな経済的損失をもたらします。この子宮炎は、例え治療を行わなくても馬自身が もつ免疫作用によりやがて自然治癒しますが、原因菌である馬伝染性子宮炎菌は、牝馬の陰核、 あるいは牡馬の陰茎(尿道洞や包皮)に付着したまま長期間生き残ります。このような外陰部に 菌を持った馬は臨床症状を示さないため、きちんとした検査が行われない限り牧場関係者が気づ くことはなく、他の馬への危険な感染源となります。  
図1 馬伝染性子宮炎感染牝馬の外陰部から流出する滲出液
  馬伝染性子宮炎の発生史    馬伝染性子宮炎の最初の発生は1977年、英国のニューマーケットで碓認されました。英国では、 この時の繁殖シーズン最盛期の種馬場閉鎖により、10億円以上の経済的損失が生じたと言われて います。その後、この病気は瞬く間に世界各国へと伝搬していきました。しかしながら、米国や オセアニアでは近年その発生はなく、またヨーロッパでもサラブレッドに限ればその発生はほと んど認めていません。 わが国では1980年の繁殖シーズンに本病が流行し、300頭以上が発症しました。JRAではわが 国への本病の侵入に備えて1979年には既にその診断法を確立していましたので、本病の流行によ る混乱を最小限に食い止めることができました。その後、国の指導による本病の撲滅対策事業が主 に細菌分離検査法により実施され、発生頭数を減少させて来ましたが、残念ながら今日に至るまで 撲滅は達成されていません。   PCR診断法開発の経緯    一般に細菌感染症の診断には菌分離法が用いられますが、馬伝染性子宮炎の場合は他の細菌感染 症に比べて菌分離法の感度が悪く、全ての保菌馬を正しく診断することは困難でした。しかしこの 方法に替わり得る適当な技術がそれまではなく、長年のわれわれの検討課題でした。1980年代の 後半になると、DNA検出法の一つであるPCR法が感染症の診断法として注目されるようになってき ました。われわれは、このPCR法を馬伝染性子宮炎の診断に応用すべく、1991年から1996年にか けて開発研究を実施しました。最初の3年間は動物衛生研究所と共同研究を行い、本菌のDNAを特 異的に増幅させることのできるPCRプライマーを開発しました。その後の3年間では診断法として 確立させるために必要な、感度や再現性あるいは利便性向上の研究を行い、馬伝染子宮炎菌のPCR 検査法をほぼ完成させました(図2)。1997年には実際の子宮炎材料を用いた野外試験研究を行い、 このPCR法の馬伝染性子宮炎診断としての有効性に手応えを得ました。更に、1998年から3年間は 馬防疫検討会の専門会議を開催し、このPCR診断法は特異性と感度に優れた方法で、特に保菌馬の 検出感度は従来の菌分離法よりも格段に優れていることが確認されました。その結果、本法は馬伝 染性子宮炎の確定診断法として、国の検査に正式に取り入れられました。  
図2 馬伝染性子宮炎のPCR診断 陽性例(238bpの位置に白い増幅バンドを認める)と  陰性例(238bpの位置に白い増幅バンドを認めない)。
  PCR診断法の応用    1998年からは本症撲滅のため、PCR法を応用した「馬伝染性子宮炎清浄化対策推進事業」を官 民共同で実施しています。現在は、国内のすべての競走馬生産にかかわる繁殖牝馬と種牡馬を対象 にしたPCR検査と摘発馬の治療を実施しており、近い将来にわが国の馬伝染性子宮炎が撲滅される ことが期待されています。                               (栃木支所 安斉 了 2005.5.19)

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