インターフェロン・アルファを用いた競走馬の輸送熱の予防 
 

1.競走馬の輸送熱
 「北海道旅行」と聞いただけでも,楽しそうで,美味しい物も食べられそうですよね。家を出発して,飛行場へ行って,そして次は,と想像するだけでも楽しいですね。しかしどうでしょう,まったく目的も分からずに,どこへ連れて行かれるかも分からないまま家を出発したら,,,。とても不安なのは私だけではないと思います。
 競走馬は,生まれ育った牧場や育成場を出発するとき,馬運車という馬専用のトラックに載せられ,一般道路,高速道路あるいはフェリーでの旅をします。このとき,行き先や目的を知っている競走馬はほとんどいないと思います。競走馬は,とても不安なことでしょう。こんな不安な状態で輸送される競走馬は,比較的高い確立で熱を出します。この発熱を私たちは「輸送熱」と呼んで,通常の感冒とは区別しています。これは,発熱の原因がはっきりとしているためですが,時折,重症の肺炎へも移行することから注意が必要な病態と考え区別しています。
 輸送熱が起こりやすいのは,輸送時間が20時間を超えるような長時間の輸送のときです。競走馬は,輸送の開始とともに緊張し,心拍数や呼吸数が速くなります。そして,ストレスに弱い競走馬は熱を出します。元々,競走馬の気管の中には様々な細菌やウイルスが存在しています。通常,これらの細菌やウイルスは気管の粘膜にある線毛という清浄機構(クリアランスメカニズム)により排除され,肺への侵入が阻止されています。しかし,長時間の輸送により競走馬に対して大きなストレスが加わると,この線毛の動きが悪くなり細菌が肺へ侵入し易くなります。その結果,比較的高い確立で発熱が引き起こされるのです。

2.輸送熱と輸送性肺炎の発生
 JRAにおける競走馬の輸送熱は,1年間に約500頭で発生します。輸送熱の発生は,初めて長時間の輸送を経験する若い馬に多く,輸送経験を重ねると少なくなります。これは,競走馬としての体力や精神力が増してくることの他に,複数回の輸送を経験したことにより,何となく輸送の目的や輸送時間が分かってくるからかもしれません。
 競走馬が,いったん輸送熱を発症すると,完全な復活には時間がかかります。多くの競走馬は,1〜2日で熱が下がり,2乃至3日もすると調教を再開できますが,輸送熱をこじらせて肺炎へと移行してしまった競走馬は,長期間の治療が必要になったり,ときには死に至ったりすることもあります。そのため,私たち獣医師は,輸送熱の早期発見と早期の治療開始を行うことにより,競走馬の輸送熱が重篤化しないように診察をしています。

3.インターフェロン・アルファを臨床応用した経緯
 輸送熱は,とても怖い病気だということ,そして治療も可能な限り早期に開始することが重要であることを理解していただいたと思います。しかし,輸送熱を発症すると少なくとも数日間の休養を余儀なくされることも事実です。
 そこで私たちは,輸送熱を予防できる方法を10年以上にわたり模索してきました。その結果,輸送熱を予防するために大切なのは,輸送前に体調を整えておくこと,輸送途中に出来る限り長い休息をとり入れ輸送ストレスを軽減すること,輸送中の飼料を埃が少ない物に変更し馬運車内の環境を良くすることなどを提言してきました(図1,2)。その結果,輸送熱の発症率は下がり,重篤化する症例も少なくなりました。しかし,完全に予防できる段階には達していませんでした。そこで,免疫力を高める可能性があると考えられ,様々な研究が進んでいるインターフェロン・アルファに注目しました。
 インターフェロン・アルファは,主にウイルス感染時に体内で生成されるタンパク質であり,免疫力を賦活させる作用やウイルスに対抗する作用をもっています。これまで,ヒトあるいは小動物の医療においては,腫瘍やウイルス感染症の治療のためにインターフェロン・アルファの高用量注射投与が実施されてきました。しかし近年に至り,低用量のヒトインターフェロン・アルファを口腔内に投与することでも同様の免疫賦活作用が示されることが報告されました。その作用機序は完全には解明されていませんが,主にのど(咽頭)や食道に多数存在する免疫関連細胞のインターフェロン・アルファ受容体に投与したインターフェロン・アルファが結合し,免疫機能を活性化するためと考えられています。ウマにおいて低用量ヒトインターフェロン・アルファを口腔内投与した報告では,炎症性の気道疾患に対して有効であることが報告されています。そこで,インターフェロン・アルファの競走馬への応用試験を実施しました。

4. インターフェロン・アルファの輸送熱予防効果とその臨床応用
 2002〜2004年にかけて,総研,日高育成牧場,トレーニングセンターの三者が共同で輸送熱の予防を目指した研究を実施しました。この研究では,育成牧場で十分に調教された競走馬(育成馬)に対し,インターフェロン・アルファの口腔内投与試験を実施しました(図3,4)。インターフェロン・アルファの投与は,輸送日を含めた輸送前3日間にわたり行われました。投与量は,1頭あたり0.5単位という極めて少ない量にしました。通常,インターフェロン・アルファの投与は,注射により約10万単位を投与しますが,副作用が問題となることが多々ありました。そこで,育成馬を対象とした輸送熱予防試験では,副作用がほとんど考えられない極めて少量の口腔内投与法を選択しました。インターフェロン・アルファを口腔内に投与すると,インターフェロン・アルファは口腔内にあるレセプターに直接結合し,免疫機能を活性化する作用を示すので競走馬の体内に入ることはほとんどありません。その結果,副作用はほとんど出ないということになるのです。
 育成馬を用いた輸送熱予防試験の結果,育成馬にインターフェロン・アルファを投与すると,輸送熱の発症率は下がりましたが,残念ながら完全に予防することは出来ませんでした。しかし,輸送熱を発症した育成馬のダメージの程度は明らかに軽くなっていました。つまり,輸送熱を発症しても,その程度は軽かったということです。また,副作用は全く観察されませんでしたので,現役の競走馬での有効性を確かめる試験を実施しました。
 この試験では,競馬出走を目前とした競走馬に対してインターフェロン・アルファの口腔内投与試験を実施し,輸送熱が予防できるかを試験しました。試験方法は,育成馬で実施した方法と同様としました。その試験でも,ほぼ同様の結果が得られました。
 これらの臨床試験の結果,輸送前のインターフェロン・アルファの口腔内投与は,輸送熱を完全に予防することは出来ないものの,競走馬に対するダメージの程度は明らかに抑制できることが明らかとなりました。つまり,万が一輸送熱を発症してもインターフェロン・アルファを事前に投与されていれば,比較的速やかに競馬に出走できることが確認されたのです。

5. 輸送熱予防の今後
 これまで実施してきた様々な試験では,輸送熱を完全に予防することは出来ませんでした。しかし,輸送熱を発症してもその程度を抑える方法は見いだせました。今後は,発症率を抑え最終的には輸送熱ゼロを目指した研究を行いたいと思います。しかし,いくら良い輸送熱予防法を開発したとしても,日常の馬の管理が不十分だと輸送熱を完全に予防することは困難です。まずは馬の体調を整え,より有効な予防法を併用して輸送熱ゼロを目指すことが重要だと考えています。

(総研栃木支所 帆保誠二 2008.12.15)




図1 馬運車内での給餌
 輸送中の乾牧草の給餌は,馬運車内の環境悪化につながるので,ペレット状飼料への変更が推奨された。
 
  図2 馬運車内の供試馬
 馬の頸を高い位置に保定すると,気管粘液の排出が悪くなるので,引手綱を長めにすることが推奨された。



図3 インターフェロン・アルファ
 インターフェロンαは,粉末状の製剤として販売されている。
  図4 インターフェロン・アルファの口腔内への投与
 インターフェロン・アルファは,舌下に投与すると効率よく投与可能である。

 
 

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