米国で発生したウマのセレン中毒 
 

 本年4月に全米オープンゴルフトーナメントの開催地でもある米国フロリダ州パームビーチで21頭のポロ競技用ポニーが短時間に発病し、全頭が死亡するというショッキングなニュースが世界を駆け巡りました。世界最高峰のポロ競技会である全米オープンポロチャンピオンシップに参加予定のポロ競技チームに降りかかった大きな災難であり、ウマ関連情報サイトでは連日大きく取り上げられ、世界的に大きなインパクトを与えました。今回の出来事はチャンピオンシップに参加予定のポニーに投与されたサプリメントによって起きたもので、製薬会社による不適正なビタミン配合剤の調合によりセレン中毒死を招いたというものです。経済的損失は1頭当たり1万ドルから20万ドルのポニーが21頭死亡したことから、200万ドル以上と試算されています。悲惨な事故の発生から1月以上経過し、全容もほぼ明らかになりましたので、以下にその経過概要を整理して紹介します。
 2009年4月19日に米国フロリダ州パームビーチで開催される第105回全米オープンポロチャンピオンシップに参加するためにウェリントンに到着したベェネズェラ人が所有するLechuza Caracasチームの21頭のポニーが試合前に虚脱、眩暈、方向感覚の喪失などの症状を呈し、14頭が当日中に、7頭が翌朝までに死亡した。主な臨床症状は沈鬱、運動失調、肺水腫(呼吸器障害)、横臥、虚脱で、発病及び死亡経過が非常に迅速なことから、一部獣医師の話として中毒又は薬物反応が疑われた。4月20日中には、21頭中15頭がフロリダ大学獣医学部感染病&病理学科へ、残りの6頭がフロリダ州農務省動物病診断研究所へ検死と原因究明のために搬送された。発生から2日目の4月21日には剖検結果がフロリダ州農務省農業・消費局のチャールズブロンソンコミッショナーから報告されたが、死因を特定できる特別な肉眼所見は認められず、更に原因究明が継続されることになった。なお、死に至るまでの過程で生じたと思われるいくらかの病変が喉頭や気管に認められたが、病理解剖における主な病変は肺出血、肺水腫であり、最終的に呼吸不全で死亡したことが推測された。また、この時点で感染症については否定された。4月23日にサプリメントとしてのビタミン配合剤を調合した製薬会社がコメントを発表し、疲労回復または体力向上の目的で調合した配合剤が適正でなく、悲惨な結果になったことを報告した。配合剤はビタミンB, カリウム、マグネシウム、セレンを調合したもので、投薬後3時間以内に発病、或いは死亡し始めたことが明らかにされた。4月28日にフロリダ州農務省が調査結果を公表し、21頭は配合剤に含まれたセレンの過剰投与による中毒死であることが確定した。フロリダ大学の獣医病理学及び薬学関係者によって行われた検査の結果では、今回死亡したポニーから検出されたセレンの濃度は血液では正常馬の10〜15倍、肝臓では15〜20倍であったことが判明した。セレンの動物への経口投与による致死量は体重1kg当たり1〜5 mgで、非経口投与では体重1kg当たり0.2 mgといわれている。セレンのウマへの経口投与による致死量は体重1kg当たり3.3 mgで、非経口投与ではこれ以下である。配合剤として投与する場合には、調合する薬剤や化合物の種類で吸収される濃度が異なってくるので特に注意が必要である(セレンには、セレン酸塩、亜セレン酸塩、金属態セレン、セレン化合物、有機セレンの5種類の化学形が存在し、それぞれ毒性も異なる)。なお、今回のセレン中毒が起こるまでポロ競技における特別な薬物規制はなく、事故原因の解明から1月後の5月29日に、今回の惨事を教訓に安全委員会が設立された。
 今回話題となったセレンが生物にとって有害であると判明したのは、1930年代に米国西部のサウスダコタで放牧中の家畜に急死、呼吸困難、異常行動、異常姿勢などが見られたことが最初と言われています。この病気はアルカリ病、旋回病と呼ばれ、家畜がセレンを多く含む牧草を食べて急性中毒を起こし発病することが初めて明らかになりました。参考書によれば、ウシの急性中毒は劇烈で、その主な症状は速脈、弱脈、食欲廃絶、鼓張、多尿、チアノーゼ、疲弊、呼吸困難、呼吸麻痺などで、一回の採食で殆ど症状無しに数時間で死亡することもあると記載されています。また、ヒトの急性中毒症状は、顔面蒼白、舌苔、うつ状態、皮膚炎、胃腸障害、呼気のニンニク臭、脱毛と爪の脱落、運動失調、呼吸困難、その他神経症状があげられます。
 わが国ではウマのセレン中毒に関する報告は見られず、馬の医学書や馬の用語事典を紐解いてみてもセレン欠乏症の方が問題視されています。馬の医学書には、海外では土壌に過剰のセレンが集積している場所でセレン中毒が発生しているが、わが国ではそのような危険性はないと記載されています。今回の21頭はサプリメントとしてのビタミン配合剤投与を受け、たまたまそれが不適正な調合であったことからセレンの過剰投与により中毒死したものです。わが国のウマでも多くのサプリメントが投与されておりますので、同様な事故が起こらないよう特別な注意が必要と思われます。因みに、馬の医学書では、セレンの要求量は0.1 mg/kgであり、許容量は2 mg/kgとされ、比較的許容範囲が狭いので注意が必要とされています。また、子馬にみられる重度のセレン欠乏は、筋肉変性(白筋症)などを起こし、硬直、跛行、筋痛を伴い死に至ることが多く、分娩前の母馬及び生後直ぐの子馬にセレンとビタミンEを投与することにより予防することができると記載されています。

参考資料
1. Promed-mail, Archive Number 20090420.1494, 20090422.1512, 20090422.1520, 20090423.1533, 20090430.1631.
2. TheHorse.com news (http://www.thehorse.com/), Article#13999, 14001, 14012, 14015, 14018, 14021, 14022, 14033, 14065, 14068, 14110.
3. Horsetalk-International horse news(http://www.horsetalk.co.nz/news/), 2009. 4. 20, 2009. 4. 21 (3編), 2009. 4. 22 (2編), 2009. 4. 23, 2009. 4. 24, 2009. 4. 26, 2009. 4. 27, 2009. 4. 29 (2編), 2009. 4. 30, 2009. 5. 6, 2009. 5. 29.
4. 馬の医学書(1996)、初版、日本中央競馬会競走馬総合研究所編、チクサン出版
5. 馬の用語事典 (http://www.equinst.go.jp/JP/arakaruto/yougo/jiten.html)
6. 臨床獣医学(1981)、初版、臼井和哉&本好茂一監訳、文永堂

(JRA総研栃木支所 鎌田正信 2009. 6. 18)

 
 

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