日本ウマ科学会特別講演会などの抄録

 日本ウマ科学会が開催した特別講演会などの概要をここには随時に記載します。



米国のウマ繁殖の現状と課題

Michelle LeBlanc(ルード&リドル馬診療所)

 米国のサラブレッド生産業界は、ここ3年間にわたって混迷状態を続けている。その要因はさまざまであるが、不況が始まったことによる影響が最も大きい。業界への影響の程度は、州によってばらつきがあるが、一番大きな打撃を受けたのがフロリダ州である。業界の低迷を招いた原因としては、サラブレッド競馬の健全性およびイメージの低下、子馬の生産過剰、牝馬やその子馬を売却しても元が取れないほど高額な種牡馬種付け料、牧場主が抱える重い借入負担、牧場の過剰借入体質等の要因が考えられる。今回の不況で明らかになった不良抵当債権の数は、カリフォルニア州、ネバダ州およびフロリダ州が最も多かった。サラブレッド生産業の中心地であるフロリダ州オーカラでは、明言はされなかったが、抵当物件の差し押さえを受けた農家の数が全米一番ではないかという疑いを持たれた。
 今年8月、ジョッキークラブは、2012年の産駒数は1971年以降で最も少なくなるとの見通しを示した。同クラブは、2011年度に交配された報告のある繁殖牝馬の数に基づいて試算した2012年度の産駒数を、2011年の2万7,000頭から8.5%減少して2万4,700頭に落ち込むと予想する。産駒数に関しては、昨年まではフロリダ州がケンタッキー州に次いで第2位の地位にあったが、2011年はカリフォルニア州が第2位となり、フロリダ州はルイジアナ州と並んで第3位に甘んじる結果になった。フロリダ州では、2007年には7191頭の牝馬の交配が行われ、4063頭の産駒が登録されている。その後産駒の登録数は減少を続け、2010年には2097頭となり、2011年にはさらに1516頭まで落ち込んで、1950年代以降でのフロリダ州の最低記録となった。テキサス州も産駒数の落ち込みの割合は同様のレベルだが、同州はクォーターホースの繁殖と育成によってその名を知られている。テキサス州の産駒数は、2010年には776頭であったが、2011年は508頭まで減少した(25.3%)。カリフォルニア州の2011年の産駒数は、2010年の1891頭から 6.8%減少して1762頭となった。一方ケンタッキー州は、米国最大のサラブレッド生産州としての地位を圧倒的に維持し、米国全体の新生子馬の約85%を生産している。しかし、そのケンタッキー州の産駒数も、2007年に14,801頭であったものが、2010年には12,931頭に、2011には11,065頭にまで落ち込むなど、過去3年間減少を続けている。
 ジョッキークラブへの報告によれば、2011年におけるサラブレッド産駒の報告数の減少率は米国全体で13.5%であったが、フロリダ州の減少率は25.4%で、同年度の米国のサラブレッド生産数上位10州のうち最大の落ち込みとなった。この差は、どこから生まれたのか。フロリダ州で繁殖された馬は、その大部分が中程度から下の価格帯で取引されており、フロリダ産でも最良クラスの牝馬は交配のためケンタッキー州に移動している。現在、中程度から下の価格帯の馬は買い手がきわめて少なく、飼養者が利益を出せるのは、唯一、レントゲンおよび内視鏡検査での異常がないことに加え、体形異常等が一切ない子馬の販売のみというのが現状である。また、フロリダ州の種牡馬は、ケンタッキー州のものと比較し、全体的に品質が低い。そのため、種牡馬の種付け料も低価格にとどまっている。フロリダ州は、これまで、若く実績のない(unproven)種牡馬を継続的に飼養しているが、一旦勝ち馬を産出ことに成功すると、その種牡馬は、種付け料の相場が高く、牝馬の数もはるかに多いケンタッキー州に移動するという経過をたどっている。種付け料は、ケンタッキー州の種牡馬市場で取引されるようになると、一般に、3倍から5倍に上昇する。過去、フロリダ州からケンタッキー州に移った有名な種牡馬には、ミスタープロスペクター(Mr. Prospector)、セントバラード(Saint Ballado)、ソンガンダプレイヤー(Songandaprayer)、また最近では、2010年の2歳リーディングサイアー・ランキングで2位を獲得したコングラッツ(Congrats)の例がある。
 小規模牧場の規模は、フロリダ州では繁殖牝馬の繋養頭数が2-3頭と、ケンタッキー州の10-20頭に比べて一段と小さい。フロリダ州の場合、小規模牧場の大部分は、サイドビジネスまたは趣味として繁殖を手掛けている。現在の市場状況では、低品質の牝馬に実績のない種牡馬を交配して子馬を生産しても経済的に採算を取るのが困難であることから、多くの小規模牧場が過去3年の間に生産から撤退している。フロリダ州の小規模牧場の多くは、牝馬の発情状態を判断するために当て馬を用いた試情を実施していない。オーナーは、必ずしも常に馬の繁殖について経験豊富な獣医師のサービスを利用できるわけではなく、したがって、牝馬の管理と交配時期の管理は最適とはいえないのが現状である。また、オーナーの知識の程度が、ケンタッキー州の牧場経営者に比べてレベルが低いといったケースも散見される。馬の繁殖について専門的な訓練を積んでいる獣医師と接する機会は、教育の場が増えるほど多い。ケンタッキー州では、獣医学の進歩と牝馬の管理をテーマとしたブリーダー向けのセミナーが頻繁に開催されているが、これは大手の病院はこうしたセミナーの会合を病院のサービスの宣伝に利用しているためである。ケンタッキー州には、州外から牝馬を迎え入れて繁殖を行う大型の商業牧場が数多くあるが、フロリダ州の場合、大手の牧場はほとんどが個人経営である。これらのオーナーは、トップクラスの品質の牝馬をケンタッキー州に送って交配させ、夏の終わりごろにフロリダ州に戻している。この間の移動距離は、片道1650 km(750マイル)に及ぶ。フロリダ州の種牡馬で繁殖を行うケースはほとんど見られない。フロリダ州の大型商業牧場は、その大部分がすでに休業に追い込まれている。フロリダ州におけるサラブレッド生産業界の不振の背景には、ルイジアナ州、ペンシルバニア州およびニューヨーク州と比較してブリーダー・インセンティブが不相応に低いという事情もある。
 フロリダ州とケンタッキー州とでは環境条件が大きく異なり、このことが馬の育成にも影響を及ぼしている。フロリダは、冬はよく晴れて涼しく、日中の気温はほぼ摂氏20度台の中ほどで安定しており、夜間でも氷点下に達するのはわずか数週間のみである。夏は暑く、ほぼ毎日雨が降り、湿気が多い。特に7月と8月は、気温が連日摂氏30度台の後半に達し、湿度は90%を超える。牝馬は、夏になると、常に湿気をはらんだ牧草と砂地に接するために、蹄膿瘍、白線病等の蹄病に罹患しやすくなる。しかし、10月から5月にかけての天候は素晴らしく、気温は日中で最高摂氏27度、夜間で最低摂氏5度と安定し、ほぼ毎日晴れの状態が続く。牧草の状態は、冬は不良、夏はまずまずの程度である。牧場では、海辺の牧草や落花生の牧草しか収穫できないため、飼料は他州から輸入しなければならない。フロリダでは、馬を厩舎に囲うことはまれで、大抵は、1日に1回か2回、馬を厩舎内に入れて飼料の給与と馬体検査を行う。ケンタッキー州の気候はフロリダとは大きく異なっており、多くの馬は、フロリダの熱気と湿気に比べ、冷たく湿ったケンタッキーの気候を好んでいる。ケンタッキーの冬は、寒くて暗く、湿気があり、12月から3月は日中の気温が摂氏0度に届かないこともまれではない。夜間の寒気は半端ではなく、雪やアイス・ストームも頻繁に発生する。繁殖牝馬と子馬は、通常、夜間は厩舎内に留め置かれ、日中放牧される。冬の季節は、凍結した泥土と氷のために蹄に疾患が発生することが多い。ケンタッキー州は高気温と最低気温の差が大きく、冬は日中でも摂氏マイナス20度を記録し、夏は35度から40度に達する。夏は暑く、湿気が多いが、雨の少ない乾燥した夏場が続くことも多い。土壌は粘土質で、夏は固く硬化する。そのため、離乳した子馬(weanlings)が蹄骨を骨折することも珍しくなく、また、蹄鉄を付けた雌馬の場合、群がるハエを追い払おうと足で頻繁に地面を踏みならすため、蹄鉄が外れてしまうことも少なくない。しかし、4月から7月にかけての季節と9月から10月にかけての季節はきわめてのどかで、そよ風の吹く涼しい日が続き、牧草の状態も理想的となる。
 ケンタッキー州では、駆虫薬に対して耐性のある寄生虫が増えている。若い子馬や1歳馬では、イベルメクチンやフェンベンダゾールに対して耐性のある回虫が寄生しているものが多い。過去20年以上に亘って、牧場で45日から60日毎にすべての馬の駆虫を定期的に実施してきたことがその主たる原因であると思われる。この寄生虫の耐性は、フロリダ州ではさほど大きな問題になっていないようであるが、フロリダ州の場合はその方面の研究もまだ十分行われていない。いずれにせよ、現段階では、糞試料を採取し、1グラム当たりの糞便に対する寄生虫卵の数を基準として寄生虫の感染について評価し、駆虫プロトコルを作成することが望ましい。
 生産業界の将来は、かならずしも暗い見通しばかりではない。今夏のオーカラ(Ocala)とキーンランド(Keeneland)での1歳馬の市場は好調な結果を残した。オーカラでは、1歳馬の中間価格が$8,000から$10,250へと15%上昇する一方、主取りの割合は25.1%から 24.4%に低下した。今夏13日間にわたって行われたキーンランド市場では、1歳馬の中間価格は20%上昇して$30,000の値が付いた。主取りの割合は、キーンランドでの1歳馬市場の場合、例年最後の4日間で最も高くなり、2010年では24.25%から35.5%であったが、今年は13.5%前後で推移した。市場が改善の兆しを見せ始めるようになった原因としては、産駒数が減少した結果、子馬の品質が向上し、生産コストが減少すると共に、種付け料の低下が進んだことなどの要因を挙げることができる。バイヤーは買い姿勢を一段と強めている。業界はそろそろ底を打ったと思われ、今後上昇が期待される。


ロッキングコンプレッションプレート(LCP)は馬の骨折治療を変えるか?(2010.11.30)

 ディーン・W・リチャードソンDVM(獣医学博士)、DACVS(アメリカ獣医外科専門医)、
 チャールズ・W・レイカー外科教授、ペンシルバニア大学ニューボルトンセンター

 馬の骨折治療では、いまだに成功しないことが多い。成馬の骨折にいたっては治療や徒手療法が非常に難しく、インプラントのデザインや組み立てに関する問題を克服できれば効果が期待できるにもかかわらず、それらに対して何の努力も払われてこなかったケースもある。しかし、治療や整復が可能な骨折の場合には、内固定はロッキングコンプレッションプレート(LCP)によって大きく進歩を遂げている。従来のプレート法では、プレートと骨間の摩擦力によって力学的に支持力を得ていたが、その摩擦力は骨にスクリューでプレートを「引き寄せる」ことによって生じるため、スクリューが緩んでしまえば、摩擦力とともに固定の安定性も失われてしまう。最大の安定性を得るには、プレート―骨間の摩擦力が全長にわたって分配されるよう、プレートの輪郭を精密に形成する必要がある。一方、ロッキングプレートの概念はそれとは異なり、スクリューは摩擦によってプレートに「ロック」される。その結果、安定性が高く、角度が固定された構成となり、たとえスクリュー―骨間の接点が十分でないか、あるいは欠如している場合でも十分な安定性が得られる。したがってLCPの場合には、プレート―骨間の摩擦は問題とはならない。また、最大でも外径5.0 mm、内径 4.3 mmというスクリューの寸法も、LCPの大きな利点の一つである。これにより、内径の弾性は5.5 mmのスクリューのそれを上回るという力学的特性が加わる。5.0mmのロッキングスクリューのねじ山は細いので、引き抜き強度は5.5 mmの皮質骨スクリューを下回るが、馬の骨折治療ではスクリューの引き抜きが生じる可能性はとても低い。たとえ、ロッキングスクリューの引き抜きが生じたとしても、スクリューがプレートにロックされているため、治療部位への力学的サポートには影響しない。さらに、スクリューはセルフタッピング式のため、スクリュー挿入時の作業がワンステップ少なく、馬の長骨骨折治療ではかなり時間を節約することができる。今日まで、馬の骨折治療において、セルフタッピング式ロッキングスクリューの挿入がひどく困難であったという経験はない。標準的な皮質骨スクリューを挿入する場合に用いる手法と同様に、パワータッピング手法でスクリューを挿入することも可能であり、成馬の管骨や橈骨では時折そのようなやり方が必要な場合もある。
 ロッキングスクリューのヘッドはスタードライブ型で、皮質骨スクリューにいまだ用いられている六角頭型よりもはるかに優れており、スクリューの挿入時、取り外し時にとれる可能性はきわめて低い。
 基本的な力学的原理が異なるため、LCPを臨床で応用する際にも少々異なる考え方が求められる。プレート上の数個の穴(コンビホール)は、ロッキングスクリュー、従来の皮質骨スクリューのいずれであっても挿入することが可能なデザインとなっている。皮質骨スクリューを用いる場合は、これを十分に締め付けたうえでロッキングスクリューを挿入しなければならない。プレートの輪郭形成については、従来のプレート使用時ほど重要ではなく、とりわけ全てのスクリューがロッキングスクリューであればなおさらである。また、ロッキングスクリューはプレートに対し正確に直角に挿入しなければならないという制限があるが、術中プランニング/プロセスでは、執刀医がこれに対応しなければならないということも大きな違いである。この問題は、スクリューを大きな筋などの軟部組織の下に挿入する場合に起こる可能性がある。そのためLCP使用時には、予備切開とは別にドリルガイドを穿刺切開創から挿入する手法が一般的であり、これによって上述のように直角の配置を得ることができる。
 ロッキングプレートは、プレート―骨間接触によらず安定性が得られるため、LCPは骨折治療における侵襲を最小限に抑えるには特に有効である。LCPは骨折治癒を妨げることなく、力学的側面と生物学的側面のバランスを向上させるように骨膜外に固定することが可能であり、またそうすべきである。
 もちろん、馬のさまざまな骨折治療にとって従来のプレート法が非常に信頼性の高い手法であることも確かである。LCPやロッキングスクリューは高額であり、現時点ではその適用によって最大の成果が得られるのはどういったケースであるかがはっきりしていない。私見ではあるが、LCPは実質的にはいかなるタイプのプレート法にも適しているものの、費用面で妥当とは言えない場合もある。それでもなお、安定性について疑問の余地があり、皮質骨再構築が不可能である限りLCPを選ぶであろう。馬の骨折治療技術がさらに向上すれば、ロッキングの原理がより径の大きいスクリューやプレートに応用され、より高い慣性特性が得られるようになる可能性もある。

ロッキングコンプレッションプレートの重要なポイント:

使用方法:
 皮質骨スクリューは、常にロッキングスクリューをプレートに挿入する前に固定しておく。それによって、プレートを骨に引き寄せやすくなる。骨−プレート間の距離が縮まれば、それだけ固定の力学的強度が増す。プレートを骨に近づけることで、覆っている軟部組織への干渉も抑えられる。ロッキングスクリューがプレートに固定された状態では、ロックされていない皮質骨スクリューによって付加される強度はごくわずかなものである。別の方法としては、プッシュプルという仮挿入器具を使い、ロッキングスクリューを挿入して固定するまでプレートを骨に近づけて保持するやり方もある。

輪郭形成:
 プレートの断面はLC-DCPのように均一であるため、LCPの輪郭は正常に形成できるが、プレートに対し、ネジ山が変形するほどプレートを過度に曲げることのないよう注意が必要である。また、コンビホールのネジ山部分にかけては鋭角な輪郭形成は避けるとよい。
ドリルガイド:
 ロッキングスクリューのドリルガイドは、正確にかつ十分にコンビホールのネジ山部分に挿入されなくてはならない。開けた穴の位置が正確でなければスクリューを完全に締め込むことができず、プレート―スクリューの一体感が損なわれて大きな問題が生じる。また、全てのドリルガイドをプレートに対し直角にするためには、筋や皮膚への穿刺切開が必要な場合もあろう。プレートの固定部位が深い場合、複数のドリルガイドをねじ込んで必要な長さにすることも可能である。

ダブルプレート法:
 ロッキングスクリューはプレートに対し直角になる必要があるため、ダブルプレート法を適用する場合、一方のプレートのスクリューが反対側のプレートのスクリューを干渉しないよう、プレートをずらして設置することが絶対不可欠である。ダブルプレート法では、適切なプランニングが非常に重要となる。

スクリューの締めつけ:
 ロッキングスクリューはプレートでのみ締まるものであり、骨中ではまったく締まるものではないという点に留意願いたい。スクリューが骨に挿入されているかどうかを「感じ取る」ことはできない。シンセス社は挿入時のトルクを4N内にとどめることを推奨している。というのも、これ以上の力を加えると、スクリューがプレートに永久的に「圧接」されてしまう恐れがあるからである。しかし、ステンレススチール製を使用している限りこのような問題が生じたことはない。通常、スクリューが間違いなく、完全に挿入されるように手で締めている。ロッキングスクリューのヘッドはやや先細になっており、完全に挿入されていなければ強度は著しく減少する。

LCPにおけるスクリューの使用/選択
 LCPの力学的利点は、ロッキングスクリューによって得られるものに他ならない。馬の骨折では、骨折部の両面にそれぞれバイコルチカルなロッキングスクリュー5.0 mmを3本以上ずつ使用することが望ましい。LCPに「伝統的」皮質骨スクリューを使用すべき場合を以下に挙げる:
1. ラグスクリューが必要な場合。
2. 骨折面をつなぎ合わせたり、あるいは別のインプラントを避けるため、プレート中でスクリューに角度をつける必要がある場合。
3. 骨に対してプレートを引き寄せるため。プレート中のロックされていないスクリューは、プレートを骨に「引き寄せる」働きがあることを思い出していただきたい。これは馬の下肢、特に軟部組織被覆が問題となる部位では重要な点である。また、骨面にできる限りプレートを近づけて保持することで、内固定具としてのプレートの慣性特性は最大となる。
4. 単純骨折のケース(横骨折や短斜骨折)では、ロッキングスクリューをプレートの両端に向かって固定するようにする。単発骨折面の近くでプレートをスクリューでロックすると、骨折部を覆っているプレートの狭い範囲に応力が集中してしまい、プレートの周期的な不具合につながる恐れがある。

 左の写真は、2枚のLCPを用いて侵襲を最小限に抑えた重度の中足骨の粉砕骨折治療例。非解剖的整復および不完全なプレート輪郭形成にもかかわらず、LCPの角度固定がもたらす安定性により、70日未満で治癒した。従来のプレート法では失敗率の高い骨折である。

 大腿骨の長斜骨折は、通常予後良好とされるが、このケースは園庭のホース水に4日間暴露されたため、感染は必至であった。皮質骨スクリューが緩んだにもかかわらず、プレートにロックされたスクリューによって、骨折部の連結は骨折が治癒されるまで保持された。感染に対しては、ビーズ状の抗生物質含有PMMAを複数回投与した。

 SH2型の上腕骨遠位端粉砕骨折は露出困難で骨片が短いため、LCP以外では極めて治療が困難と考えられる。また、LCPにより安定性が得られるため、露出および整復に必要な尺骨骨切り術を自信を持って行うことができる。

 

 雌の若いサラブレッドは、屈曲した腕節から転倒し、中間手根関節が開いてしまった(写真上および中段左)。いったん感染が治まり、創傷が治癒してしまうと、切開して従来型プレートを効果的に挿入するのは不可能と思われた。しかしLCPを使用すれば、手根関節固定術用プレートを最小侵襲性の方法で設置できる(写真中段右)。最新のLCPは、端部近くに丸穴が開けられ、関節近くで固定しやすくなっており、上記写真2点のものよりも一層優れたものとなっている。


1. 馬の関節内注射法および薬物の選択法
(Equine Intra-articular Injection Techniques and Drug Selection)
2. 競走馬の胃潰瘍 (Gastric Ulcers in Race Horses) (2010.11.30)

 Dr. Gary L. Norwood, DVM

1. 馬の関節内注射法および薬物の選択法
1) 前肢の関節に対する注射手技
蹄関節:
複数のアプローチ法があり、以下の方法から選択する。正中線からのアプローチ:1インチ(2.54 cm)・20ゲージの注射針を用い、肢を負重させておいて、蹄冠溝の上1 cmで、外側指伸筋の腱の1-2cm左右いずれかの側方、あるいは正中線上に刺入する。側方からのアプローチ:1.5インチ・20ゲージの注射針を用い、肢を負重させるか、負重しないで屈曲位に保持して、側副蹄軟骨直上のへこみを触知し、冠骨の前部と後部の中間点に刺入する。蹄の検査:蹄関節の神経ブロックの前と後で蹄検査を実施する。蹄関節の神経ブロックによって蹄底と蹄叉中央部の疼痛反応は消失するであろう。
とう嚢:3.5インチ・20ゲージの脊髄針を用い、地面に平行な面から10°の角度で繋部掌側の陥凹部直下に刺入する。1-1.5インチ刺入後に骨に当たる。注射針が1.5インチ以上刺入される場合には角度が急勾配過ぎるのであり、蹠枕に刺入している。刺入角度が地面と平行に近いときには、液体が得られるが、これは蹄関節の尾側関節包内に刺入しているからである。薬剤の注入は蹄を地面から浮かせて実施せよ。注射針の位置はX線あるいはフルオロスコープによって確認せよ。我々は、麻酔薬によるとう嚢麻痺をとう嚢痛の診断に用いている。注入後4-5か月間、馬はとう嚢痛がなく健全である。合併症の1つには深指屈腱断裂がある。注射の反復は6か月毎に制限せよ。
冠関節:複数のアプローチがあり、以下の方法から選択する。背側アプローチ:肢を負重させて、繋骨遠位部の外側隆起を触知せよ。1インチ・20ゲージの注射針を用い、この外側隆起と伸筋の腱の中間点に注射針を刺入せよ。注射針の方向は、地面と平行にして、外側隆起の下約1/2インチの部位で伸筋の腱の下を目指す。掌側・外側アプローチ:骨反応のある場合に好まれるアプローチであり、肢を負重しない状態で屈曲位に保持した方が、獣医師の安全にはより良い。注射針は1.5インチ・20ゲージのものが好まれる。背側にある繋骨掌面と腹側にある冠骨隆起、および外側にある浅指屈筋の腱によって作られるV字型の陥凹に、肢の長軸と垂直に注射針を1インチ刺入する。注射針が関節包内に存在することを確認するために、関節の膨満感覚を自覚せよ。
球節:掌面アプローチ:1インチ・20ゲージの注射針を用いる。肢を負重させるが、肢の制御が困難なら障害が存在するのであり、変形性関節症の場合には関節包が虚脱する。背側アプローチ:1インチ・20ゲージの注射針を用い、肢を負重させるか、屈曲位で保持して実施する。非体重負荷位の外側アプローチ:このアプローチが好んで実施されている。肢を負重せずに屈曲位で保持して、外側から、1インチ・20ゲージの注射針を、外側側副種子骨靭帯を貫通して、あるいはその靭帯の直上を刺入する。刺入部位は、管骨尾側部、繋骨近位部、種子骨背側部によって作られた陥凹部であり、肢の長軸に対して垂直に刺入する。注射針はホルダー付きが好ましい。
腕関節(手根関節):橈骨手根関節および手根間関節に対する肢の屈曲位における背側アプローチ:1インチ・19-20ゲージの注射針を用いる。馬が注射針に敏感な場合には、獣医師が両膝で馬の管骨を挟んで制御する。橈骨手根関節に対する負重肢における尾側外側アプローチ:1インチ19-20ゲージの注射針を用いて、橈骨掌面で外側副手根骨近位部に刺入する。手根間関節に対する負重肢における尾側外側アプローチ:尺骨と第四手根骨の間に刺入する。
肘関節:外側アプローチ1インチ・19-20ゲージの注射針を用い、外側側副靭帯に対して頭側ないし掌側に刺入する。
肩関節:3.5インチ・18-19ゲージの脊髄針を用いて、上腕骨近位部の大結節の頭側突起と尾側突起の間の溝に刺入する。
2) 後肢の関節に対する注射手技
後肢遠位部の関節の刺入手技は前肢遠位部の関節の手技と同じである。
飛節(足根関節):足根下腿関節のアプローチ:1インチ・19-20ゲージの注射針を用いて、伏在静脈の内側ないし外側で関節の背側憩室部位を刺入する。滑液が容易に出てきて、吸引することも可能である。足根中足関節のアプローチ:第四中足骨近位面の微妙なへこみを触知し、1インチ・20ゲージの注射針を45°の角度で頭側内側に向けて刺入せよ。滑液は容易に得られるが、薬剤を3-4 mL注入後に抵抗が生じてくるので、ゆっくりと注入せよ。足根間関節のアプローチ:1インチ・22ゲージのプラスティックハブ付き針を用いて、第三中足骨と第二中足骨の接合部で、1 cm 近位、0.5 cm頭側、そして頭側脛骨筋内側腱(キュネアン腱)直下に刺入する。伏在静脈を刺入部位のガイドとして用いることができる。滑液を得る可能性は小さい。
膝関節(大腿膝蓋関節)内側大腿脛関節へのアプローチ:膝関節の治療に最もよく用いられるアプローチであり、治療のために最も普通に用いられているのは1.5インチ・19ゲージのプラスティックハブ付き針である。この針を用いて、内側膝蓋骨靭帯と内側側副靭帯の間で、脛骨近位部の1 cm上に刺入する。
股関節:刺入困難な関節である。寛結節と坐骨結節が触知の良い指標となる。股関節は寛結節から骨盤の全長の2/3後方に位置する。坐骨結節よりも頭側に位置する大腿骨近位部の大転子を触知せよ。次いで、大転子と小転子の間にある転子切痕を確認せよ。7インチ・18-19ゲージの脊髄針を、針を水平面で大腿骨頚に近接するように角度をつけて転子切痕を通過していくように刺入せよ。消毒用手袋をはめた手で針のシャフトを持って針を操作せよ。大腿骨に接触せずに3-4インチ進むと股関節内に針が刺入する。滑液は吸引することができる。滑液が出てこない場合には薬剤を注入すべきではない。
3) 関節内注入剤の選択
 
使用できる薬剤は、コルチコステロイド、ステロイドと併用するか併用しないヒアルロン酸、IA adequan、ポリグリカンとIRAP(インターロイキン1受容体アンタゴニスト・タンパク質―遺伝子治療)である。
 IA adequan:感染などを予防するためにアミカシン9125 mgを加えて利用されている
 ポリグリカン:医薬品として市販されている。運送業者賠償責任保険を調べる必要があるかもしれない。ポリグリカンは、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸ナトリウおよびN-アセチル-D-グルコサミンで構成されており、術後の関節腔の洗浄用とラベルには書いてある。
 IRAP:新しい遺伝子治療であり、他の治療法には反応しない関節疾患には必要とされるかもしれない。

2. 競走馬の胃潰瘍 Gastric ulcers in race horses
胃潰瘍とは何か?
 この症候群には胃炎から重度の潰瘍形成までが含まれ、細胞成分の破壊とともに胃粘膜の変異が生じ、この変異は粘膜固有層まで障害する。この症候群はヒトの胃食道逆流症(胸焼け)と非常に類似している。これが最初に注目されだしたのは主として競走馬産業であったが、他の分野の競技用馬にも広く流行している可能性がある。胃潰瘍/胃炎の有病率は、競走馬では90%、他の競技用馬では60%に達する可能性がある。ほとんど全ての競技用馬はその生涯において、ときに胃潰瘍に罹患するであろう。
胃潰瘍の病因
 
胃壁保護因子群が攻撃性因子群に圧倒されると(すなわち、両因子群の平衡障害)、胃炎と胃潰瘍が生じる。胃壁保護因子群は、ストレスおよびステロイド薬や非ステロイド系抗炎症薬のような薬物によって抑制される。
危険因子No. 1:採食および給餌のパターンが定期的でなくなることに起因する。すなわち、運動ないし競技の前に食餌を差し控えること、穀物と濃厚飼料および乾草と青草の割合を変えること、放牧地における採草を制限するか実施しなくなることなどであり、このような変化は馬を移動するときに特に生じる。競走馬は十分な粗飼料を採食することができなくなることが多く、その結果、胃内の内容物の容量が減ってしまい、空腹状態となる。
危険因子No. 2:ストレスに起因する。すなわち、トレーニングと競技における身体的ストレス、疾患および疾患に起因する運動不能によるストレス、疼痛、跛行および外科手術によるストレスなどである。
 非ステロイド系抗炎症薬:この薬物は、主としてCOX-1の活性を抑制することにより、プロスタグランジンEの産生を抑制するので、酸の生成が増加し、腺性細胞組織の血流が低下する。その結果、治癒機序が遅れ、粘液と重炭酸塩の分泌が低下する。
胃潰瘍・胃潰瘍症候群の徴候
 
胃潰瘍並びに胃潰瘍症候群に認められる徴候には、体重減少、食欲不振、被毛成長障害、再発性疝痛、状態・行動の変化、および運動能力の低下などが含まれる。馬は胃痛に対しては様々な反応を示す。すなわち、疝痛、運動に対する抵抗・忌避、硬直、肢の反応欠如、および背痛姿勢の維持ないし偽背痛の姿勢などである。
胃潰瘍の診断
 
確定診断には内視鏡検査を用いる。長さ2.5-3 m、直径10-13 mmのファイバースコープを用いて、絶食状態(12時間の絶食、この間4時間毎の給水)の鎮静下にある罹患馬の胃を検査する。胃の内視鏡検査にはある程度の経験が必要である。適切な治療に対する反応は、もう1つの確定診断法であり、これには反応の相違をすばやく検知できるようになっておかなければいけない。
 胃潰瘍の治療にはガストロガードgastrogard(ウルサーガードulcergard)を用いるが、他の治療法もあり、罹患馬の管理方法を変えることも治療法の1つである。
 胃潰瘍を分類する場合には、“臨床徴候と胃潰瘍の重篤度の間には相関がない”ということを理解しておくことが重要である。
胃潰瘍の有病率
 
競走馬における胃潰瘍の有病率は約90%である。
胃潰瘍の治療
 
胃潰瘍の治療の目的は胃のpHをコントロールすることにある。Schwartzの格言、“酸がなければ、胃潰瘍はなし”。胃潰瘍の治療は、24時間毎に少なくとも22時間はpH4.0以上を維持することである。
内科療法:胃酸と胃潰瘍の管理を実施する。胃酸を中和することが重要である。
1) 胃酸の中和:制酸剤は胃酸の分泌を抑制する効果がなく、作用時間は30-60分と短いので、1日に複数回の投与が必要となる。また、制酸剤投与は胃潰瘍の治療にはならない。
2) 潰瘍床の保護:スクラルファートsucralfateは、腺性粘膜潰瘍の治療薬であり、胃潰瘍の陥凹性病変の悪化を防ぐために付着し、ペプシン活性を抑制する。この薬剤は、4-6時間毎に投与しなければならず、酸の産生を止めることはできず、胃の正常な組織を保護するもこともできない。他の薬剤の作用を抑制する可能性がある。
3) プロスタグランジン類似化合物:ミソプロストールmisoprostolは合成プロスタグランジンE1類似化合物であり、胃酸を抑制し、細胞を保護し、非ステロイド系抗炎症薬誘発性潰瘍を予防する。馬ではシメチジンと同様の効果がある。
4) 胃腸運動改善薬:ベタネコールbethanecholは胃の運動を促進するが、馬の胃潰瘍では前向き研究が存在しない。
5) 酸分泌抑制薬:シメチジンcimetidine、ラニチジンranitidine、ファモチジンfamotidine、ニザチジンnizatidineは、ヒスタミンH2受容体の拮抗薬であり、この受容体に競合的に結合する。作用の持続時間は4-8時間と短い。馬では、この反応が一定しておらず、酸産生の抑制は不完全であるが、トレーニング計画の変更と共に,適切な用量を使用したときにのみ、胃酸分泌を十分に阻害することが明らかにされている。
6) プロトン・ポンプ阻害薬:ベンジミダゾールbenzimidazoleの誘導体であるメプラゾールmeprazoleは、酸を産生するプロトン・ポンプをブロックすることによって酸の産生を抑制する。トレーニングを継続中の馬において胃潰瘍の治癒率は96%である。馬用の胃潰瘍の薬として現在使用できるのは、ガストロガードgastrogardとウルサーガードulcergardだけである。両方とも同じ成分であるが、注射筒のマーキングのみが異なっている。ガストロガード(経口ペースト剤)は、4 mg/kgを1日1回28日間、次いで2 mg/kgを1日1回胃潰瘍の再発を予防するために与える。治療後28日間は投与せよ。
補助的療法
1) 飼い付け
:乾草は自由に採食できるように与える。食餌は複数の小さい穀物類を与え、穀物の比率を下げる。穀物の種類を変えよ。穀物よりも乾草を優先させよ。
2) 厩舎管理:放牧地への放牧回数あるいは乾草の採食機会を増加せよ。競走馬ではこのような増加が実施されていない。ガストロガードgastrogardの研究で明らかにされたことは、ガストロガードgastrogardの投与を中止すると、4週間以内に92%の馬が胃潰瘍を再発したということであり、投与中止後わずか48時間経過しただけで胃潰瘍が再発する可能性があるということであった。
 胃潰瘍と診断された馬における最も多い苦情は運動能力の低下であった。
予防
 
胃潰瘍発生要因(トレーニング、ストレスなど)に暴露された馬では、胃潰瘍発生を予防するために、オメプラゾールomeprazole(ガストロガード/ウルサーガード)、1 mg/kg/day(1/4チューブ)を経口投与すると効果がある。ストレス状態の間欠期、例えば、競馬の前および競馬の後では、オメプラゾールomeprazole 、1日1/4-1チューブの経口投与を、3-4日間続ける。競馬当日にこの薬物を使用する場合には、競馬開催場所におけるこの薬物使用の法的正当性をチェックする必要がある。潰瘍の治癒しないスタンダードブレッド種でこの使用法を試験したが、食欲は良くなり、馬は健康に見え、運動能力が改善した馬もいた。胃潰瘍の特徴は発症が早い可能性があるということである。


馬の動的上部気道閉塞の管理(The Management of Dynamic Upper Airway Obstruction in Horses) (2010.11.30)

 Professor Tim Greet (Rossdales Equine Hospital, Newmarket, GB)

鼻咽頭リンパ組織過形成Nasopharyngeal lymphoid hyperplasia:若齢馬の鼻咽頭と喉嚢にはリンパ組織が広汎に存在しているので、一般的に鼻咽頭リンパ組織過形成として説明されている。この疾患は、通常、無症候性であるが、若齢馬の内視鏡検査により、個々のリンパ濾胞が極端に隆起し、多くは炎症を起こしていることが明らかとなる。競走馬の調教師や馬主のなかには、このような変化に関心を示すヒト達がいる。治療の必要性はないが、馬臨床家によっては、局所性および非経口性の抗炎症薬並びに抗生物質によってこの疾患を治療している。このような過形成性リンパ濾胞は年齢とともに消失し、5歳齢以上の馬の大部分では鼻咽頭は比較的滑らかとなる。
一過性軟口蓋背方変位Transient dorsal displacement of soft palatal(一過性DDSP):この疾患に罹患した馬は、馬がストレス下にある競馬のゴール近くで、特徴的な”gurgling” noise(水の入ったビンを傾けたときに出る“ごぼごぼ”という音)を生じる。通常は自然に治まるが、この徴候を“詰まったhaving choked up”あるいは“舌を飲み込んだhaving swallowed its tongue”と記載されることが多い。
 診断は、病歴、臨床徴候および動的内視鏡検査時の所見を考慮して行われる。原発性疾患として生じる場合もあれば、細気管支炎、喉頭蓋絞扼あるいは反回(喉頭)神経ニューロパシーのような上部気道閉塞を引き起こす他の疾患に続発する場合もある。休息および時間経過が最も効果的な治療法であると示唆している研究者もいるが、競馬産業の厳しい競馬日程ではこれらは許されない!馬が完全に競馬環境に適合していることを確認し、かつ、ほこりの立たない馬房管理が実施されている場合、あるいは舌ストラップを使用している場合、あるいはより緩やかなハミを用い、かつ、ときに馬を異なった乗り方で乗る場合には、この疾患が消散する馬もいるようである。コーネル大学の研究では、コーネル・カラーによる喉頭舌骨の支持によっても一過性DDSPの治癒が明らかにされている。この使用は英国における競馬では違法となるが、臨床家によっては、診断のためあるいはトレーニングの補助具として使用している。
 一過性DDSPに対する外科療法は広く用いられており、しかも種々の術式が存在する。これは、この疾患の治療を成功させることが如何に困難であるかということを示唆している。歴史的には、口蓋垂切除術および“舌骨下筋”の筋切除術が軟口蓋緊張を増大するために用いられ、同様の目的で、硬化剤注入、口蓋形成術、あるいは熱した鉄ないし手術用レーザーによる治療などの手法が用いられた。これらの治療法の結果はまちまちであるが、典型的には60%の成功率が文献では引用されている。
 軟口蓋のレーザー手術では、軟口蓋の背側表層の少なくとも30部位にレーザーを照射する。軟口蓋の吻側部とは異なり、後側部は非常に薄くなるので、瘻孔を作らないように注意する。最近発表されたレーザー手術の術後調査では、症例のわずか48%だけがレーザー手術のみで消散したと報告されており、この術式を単独の治療法として推薦するには十分ではないことが明らかとなった。
 広く受け入れられている最新の外科療法は、喉頭の“tie forward”であり、これは、甲状舌骨筋の収縮を模倣するために、喉頭の甲状軟骨を底舌骨へ縫合する。最初の文献では成功率が87%と報告されたが、その後の文献ではこの数値がより低くなっている。現在、我々が勧めているのは、一過性DDSPと診断上確認され、種々の治療に対する反応が存在しない場合には、喉頭の“tie forward”を軟口蓋のレーザー治療と併用して用いるべきであるということである。
持続性軟口蓋背方変位Persistent dorsal displacement of soft palate (持続性DDSP):この疾患は休息中ないし軽度の運動中に大きな呼吸雑音を生じるので、真の動的障害ではない。通常、重度の運動不耐性が存在し、ときに低レベルの嚥下障害を生じる。休息時の内視鏡検査によりこの疾患が示唆される場合があるが、確定診断にはX線検査を必要とする。
 持続性DDSPはときに特発性であるが、喉頭蓋絞扼あるいは喉頭蓋低形成のような他の疾患に続発する場合が多く、まれに喉頭形成術後に発症する場合がある。喉頭蓋下腫瘤の存在がよく認められる原因の1つである。造影剤を用いた咽頭X線撮影が腫瘤の輪郭を明らかにするのに有効である。Ducharmeは持続性DDSPの症例における“tie forward”の成功を明らかにしているが、重度に変形した喉頭蓋に対してはこの手技が成功する可能性はないであろう。
動的咽頭虚脱Dynamic pharyngeal collapse:この疾患は運動時に重度の雑音と上部気道閉塞を引き起こす。診断は動的内視鏡検査によってのみ可能となる場合がある。この疾患は、DDSPと関連している場合あるいは後頭蓋後傾と関連している場合すらあるが病因は不明である。単純な症例では、背側の咽頭と口蓋をレーザーポイントで多数点照射をして、“硬化”効果の産生を試みる。予後はよくないが、この他に現在使われている治療法はない。
第4鰓弓奇形4th branchial arch anomalies (4BAD):この疾患は喉頭軟骨群と輪状咽頭筋群に関する種々の先天性障害を引き起こす。この疾患は、口蓋咽頭弓の吻側変位として初めて報告されたが、臨床徴候と内視鏡検査所見は非常に変化に富んでおり、これらの所見には運動時の呼吸雑音と運動不耐性が含まれる。口蓋咽頭弓が吻側変位する場合があり、食道が頭側食道括約筋(輪状咽頭筋群)の低形成により裂けている場合がある。口蓋咽頭弓の吻側変位は左右非対称の場合があり、喉頭非対称と可動性の低下を生じることが多く、特に右側にこれらの異常が生じるのが典型的である。これらは物理的な機能障害であって、麻痺ではない。このような症例では甲状腺軟骨の触診が非常に重要であり、左右非対称を検知できる場合が多い。
 興味深い、特徴的な徴候は“げっぷ”であり、この徴候を持つ動物は真性空気嚥下症である。X線側面像により、頭側食道内の空気の存在が明らかとなるのが通例である。喉頭形成術は喉頭が形態的に変形しているために不可能なのが通例であるが、レーザーによる声帯切除は正当化される場合がある。
喉頭蓋絞扼Epiglottal entrapment:これは喉頭蓋下粘膜の背方変位によって生じる。この疾患は無症候性の場合、あるいは呼吸雑音が運動時に聞こえる場合があり、DDSPに続発する場合もある。持続性喉頭蓋絞扼を持つ症例では、常用の内視鏡検査により容易に同定されるが、一過性喉頭蓋絞扼の症例では、遠隔操作型の動的内視鏡検査あるいはトレッドミル歩行中の内視鏡検査によってのみ確定診断ができる場合がある。粘膜の変異が潰瘍化する場合があり、粘膜が肥厚する場合が多い。無症候性の場合には治療は特に必要としないが、調教師の要望により治療を実施することが多い。一過性症例では輪状甲状喉頭切開による喉頭蓋下粘膜切除が、通常、唯一の効果的な治療法である。持続性症例では、鼻腔を経由して実施されるフックナイフによる軸性切開が非常に効果的である。この手術は、局所性麻酔薬を咽頭に十分散布すれば、鎮静した馬を起立状態で実施することができる。この手術では、軟口蓋の損傷を避けることを十分に注意する必要があり、臨床家によっては、全身麻酔下で、罹患馬の口腔を経由してフックナイフを使用することを好んで実施している。術後に、抗生物質と非ステロイド系抗炎症薬の投与とともに局所性抗炎症薬散布を実施すると、喉頭蓋下の感染と炎症の危険性を低下させることができる。
 この手技による予後は良く、再発する症例はわずかに数パーセントである。レーザー療法は、口蓋の大きな損傷を引き起こす危険性がより小さくなるため魅力的な選択肢を提供するようであるが、術後の持続性軟口蓋変位により喉頭蓋あるいは喉頭蓋周辺組織に随伴性損傷を生じる危険性が確実に存在する。従って、我々は、現在、フックナイフの使用を推薦しており、必要があるときには、引き続いて残存性変位組織のレーザー治療を勧めている。
喉頭蓋後傾Retroversion of the epiglottis:非常にまれな疾患であり、トレッドミル歩行運動時の動的内視鏡検査あるいは遠隔操作型の動的内視鏡検査によってのみ診断が可能である。特異的治療法はないが、臨床家によってはテフロンによる喉頭蓋下強化を推薦している。
披裂喉頭蓋ヒダの軸性インピンジメントAxial impingement of the aryepiglottal fold:振動および披裂喉頭蓋ヒダの軸性インピンジメントは、トレッドミル歩行運動時の動的内視鏡検査あるいは遠隔操作型の動的内視鏡検査によって認められる。左側あるいは両側のインピンジメントよりも右側のインピンジメントがより多く認められる。この疾患はレーザーによるヒダの剥離によって容易に治療が可能である。この治療では咽頭壁への不用意な損傷を避けるように注意することが必須であり、レーザー治療の間、ヒダを把握しておくために気管支食道鉗子を用いることによってこの問題は解決する。この疾患は他の手技では治療が困難である。少数例の症例で良い結果が報告されているが、この疾患がDDSPに随伴する場合には予後はより劣化する。
小角突起亜脱臼Corniculate process subluxation:これは運動時の内視鏡検査でのみ診断可能である。原因は不明であるが、運動時に呼吸雑音と気道閉塞が存在する。内視鏡検査によって、正常な披裂および声帯の外転とともに小角突起尖端の腹側変位が明らかとなる。有効な治療法はない。
披裂軟骨炎Arytenoid chondritis:これは重度の症例には治療の困難な疾患である。それほど重度に罹患していない症例では、内科療法に反応する場合があり、軟骨腫脹よりも肉芽腫形成の場合にはレーザーによる切除が有効となる可能性があり、喉頭可動性の低下がほとんど存在しない場合にはレーザー療法が特に効果的となる場合がある。披裂軟骨切除は重度の症例の救命手法として有効な場合があり、罹患馬は繁殖用として生涯を送ることができる。
反回(喉頭)神経ニューロパシーRecurrent laryngeal neuropathy:これは動的上部気道疾患群のなかで最も歴史的な疾患であり、この病因はまだ不明であったが、この疾患の病理学は最初に確立された。この疾患はほとんど常に左側に障害が生じ、ニューロパシーの原因は、左側反回神経の長さ、および胎子のときにこの神経が誘導されるひねくれた解剖学的コースに起因していると考えられている。右側障害の症例は鰓弓奇形の結果生じることが多い。罹患馬は吸息時に“whistle”雑音あるいは”roaring”雑音を生じるのが通例であり、重度の症例ではおおざっぱな運動不耐性が存在する場合がある。左側の背側輪状披裂筋萎縮が、診断の確立した症例の触診により認められることが多く、運動後に喉頭振盪音を触知できる場合がある。
 より重度の症例では、通常、馬の安静時に内視鏡検査により診断をすることは容易である。私の考えでは、最初の重要な内視鏡検査指標は、左側披裂軟骨の外転固定を維持できないことである。この疾患レベルは、内視鏡検査所見における私のスケールでは、グレード4に相当する。ちなみにこのスケールはグレード10まであり、グレード10では、左側披裂軟骨が完全に非動化し、虚脱している。一時的な非対称性および非同期性のより微妙な変化はより低いグレードとなり、疾患の進行に従って非対称性の段階的増大および運動の低下を含むより重度の変化はグレード5〜10となる。残念ながら、これらの内視鏡検査によるグレードと臨床徴候との相関は比較的乏しい。グレードの低い罹患馬が大きい雑音を発したり、何らかの運動不耐性を示す場合には、動的内視鏡検査を実施する価値がある場合がある。
 喉頭片麻痺は不治の疾患であるが、馬の能力の障害に対しては万全の治療を用意しなければならない。従来方式の手技やレーザー法による声嚢声帯切除術は単純な手技であり、合併症も非常に少ないが、運動不耐性の競走馬にこの手技を実施しても喉頭の呼気流は十分には改善されないので、最小限の効果しかない。しかし、重度ではない症例では効果があると示唆している研究報告もある。我々の病院では、局所麻酔により鎮静させた患馬にダイオード(半導体)・レーザーを用いてこの手技を実施している。この手技は、声帯インピンジメントのみを罹患している症例の治療にも用いられている。披裂軟骨は比較的十分に外転しているが、左側声帯(あるいはときに両側の声帯)が虚脱しているような症例では、動的内視鏡検査のみが診断可能である。
 レーザー法による声嚢声帯切除には基本的に2種類の方法がある。1つの方法は単純に声帯を剥離する方法であり、もう1つの方法は気管支食道鉗子で把握して声帯を切除する方法である。
 罹患馬が再発性喉頭ニューロパシーのために呼吸困難な場合には、喉頭形成術が最も効果的な治療法であり、これは常にレーザーによる声嚢声帯切除術と併用する。クライアントには、ときに術後に重大な障害を引き起こす可能性のある嚥下困難を含む、将来起こり得る危険性を説明しておくべきである。必然的に、競走馬を手術するときですら、外科医は、左側披裂軟骨をできる限り外転した位置に安定化できるように妥協できる位置(すなわち、過外転を避ける位置)にこの披裂軟骨を固定するように縫合する傾向がある。披裂軟骨の外転は時間が経過するにつれて、通常、低下していくという文献報告があるが、私の経験ではこれは正しいと確信している。重度の嚥下障害の残る馬はそれほど多くなく、大部分の馬ではこの障害は食餌管理と時間経過によって消散する。
 数は少ないが、嚥下障害によって乗馬不能となる可能性のある馬もいる。インプラントの切除により改善される馬もおり、これらの馬のうち少数は驚くほど改善する。しかし、残りの馬は発咳が持続する可能性がある。嚥下障害の原因は恐らく複雑なものなのであろう。
 この手技の有効性は、競走馬がレースで走る距離に依存しており、一般的には、距離が長いほど、有効性が高くなる(競走馬が短距離馬でない場合に当てはまる)。我々は、通常、成功率70%と調教師に説明するが、喉頭形成術後に最もハイレベルの競馬に勝利したという馬を見つけるのは非常にまれである。
 神経筋移植(第1頚髄から出る腹根、神経および運動終板を剥離し、運動終板を喉頭部に移植)がこの疾患の治療に勧められているが、欧州と北米におけるこの移植の結果は喉頭形成術の結果よりも良くないのが一般的であり、術後、トレーニングに復帰する時間もサラブレッド競走馬としては長過ぎる。この手技は英国ではもはや用いられていない。
喉頭腫瘍 Laryngeal neoplasia:これは比較的老齢の馬が罹患するまれな疾患である。喉頭腫瘍は浸潤性が非常に強く、通常、手術不能である。局所性病変の治療は上部気道のレーザー手術法を用いることによって試みることが可能である。我々は、上部気道のレーザー手術を受けた全ての罹患馬に対する標準術後プロトコールをもっている。
結論:遠隔操作型の動的内視鏡の出現により、馬の上部気道閉塞の多くの原因をよりよく理解するための大きな一歩を踏み出すことができた。機器を小型化する技術が進んでいるので、今後、より効果的な診断機器の出現を期待することができるであろう。


馬の眼科学 〜臨床家の生き残り術〜(2009.12.1)

 Dennis E. Brooks, DVM, PhD
 Diplomate, American College of Veterinary Ophthalmologists
 Professor of Ophthalmology University of Florida
 (米国獣医眼科学会専門医フロリダ大学眼科学教授)

眼科検査:
1.反射試験

 眼球に対して速い威嚇するような運動を起こして瞬目反射を誘発するか、頭部を動かして威嚇反射を検査する。これにより大まかな視覚検査ができる。検査を行う際には、空気が目に当たらないように注意する。馬は極めて敏感に威嚇反射する。明るい光を目の近くに見せると、馬は、素早く目をそらす「眩しがる」反応を示すはずである。眼瞼に軽くタッチして、瞬目応答を観察することで眼瞼反射をテストできる。側面目隠しフード(ブリンカー)や大きなタオルで片方ずつ目を覆った迷路試験で視覚をさらに評価することができる。迷路試験は薄明下と明光下の両方で実施すべきである。危険物を取り除いた厩舎の通路が、迷路試験の実施場所として適している。上下逆にしたバケツその他の容易に配置を変えることのできる滑らかで硬い物体を用いて障害路を作る。目隠しされていないほうの目に視力がある馬なら、迷路をうまくすり抜けて餌に到達することができる。馬を自由に歩かせたほうが迷路試験を良く行うことができる。迷路の出口は安全のため遮断しておく。瞳孔反射PLR;直接ならびに間接)で、網膜、視神経、中脳、動眼神経、虹彩括約筋の機能を総合的に評価する。刺激光が特に強くない限り、正常な馬の瞳孔は、いくぶんゆっくり反応し、反射も不完全である。光源が、視軸よりわずかに後頭部側に焦点を結ぶと、反射が最も強く、「線条(“visual streak”)」に輝く。片側の眼を刺激すると、両側の瞳孔が収縮する。重篤な角膜混濁がある場合に、網膜機能を検査するのにPLRは有用である。

2.診断検査
・馬の眼科障害には順序立てて体系的にアプローチすることが重要である。症例のほとんどは、標準の眼科臨床検査法を使って診断することができる。
 検査をしやすくするには、鎮静薬の静注、鼻あるいは耳捻子、眼窩上感覚神経もしくは耳介眼瞼運動神経のブロックが必要になる場合がある。
耳介眼瞼運動神経(眼輪筋への運動神経)を皮下に触診でき、頬骨弓の頂部の少し外側に2-3 mlのリドカインを注入してブロックする。
前頭神経もしくは眼窩上神経(上眼瞼の内側2/3の感覚神経)は眼窩上孔の位置でブロックできる。この眼窩上孔は上眼窩縁の内側に、眼窩上突起が広くなる位置に触れることができる。この領域以外への麻酔には、眼窩縁周囲のラインブロックを使うことができる。
Schirmer涙液試験は反射性の流涙量を測定する方法であり、慢性潰瘍や角膜が乾燥して見える眼の検査に用いる。Schirmer涙液試験は、薬剤を点眼する前に実施しなければならない。試験紙を切込み部で折り、切込み部の端を下眼瞼縁後部に挿入する。1分後に試験紙を取り除き、湿った端までの距離を測定する。馬では、1分後に試験紙全体が湿ることが多く、14-34-mm wetting/minuteの範囲であれば、正常と判断する。10-mm wetting/minute未満であれば、涙液欠乏状態と診断する。
角膜の細菌培養は、眼球に何らかの点眼薬を用いる前に微生物培養用綿棒を用いて行わなければならない。角膜潰瘍部にスワブをやさしくタッチさせて、バイプレートに接種するか、輸送培地に入れて、培養を依頼する。ダクロンスワブは、2個の滅菌パックでセットになって供給される。この密に織られた合成スワブは、培養では綿棒と比較して優れている。線維を残すことがなく、後の細胞診で誤認する恐れがないからである。
往診での別の検査法: ある著者(AED)は、往診で角膜の細菌培養を行うのに二重にラップされた滅菌メスを用いている。メスを採材部表面にあて、その後チオグリコール液体培地の入った試験管に落とす。液体培地をトラックで運び、1日の終わりに恒温槽に入れ、一晩置いて混濁の有無を観察する。液体培地中に増殖した検体を次に培養プレートに採取し、顕微鏡分析と感受性試験を行う。眼科感染症の治療に用いる一般的な抗生物質(セファゾリン、クロラムフェニコール、ゲンタマイシン、アミカシン、シプロフロキサシン、オキサシレン、トブラマイシンなど)のディスクによる感受性試験セットを、診療所に常備しておき、眼科感受性分析に用いる。自分達で培養した場合には、わずか48時間で有用な結果が得られることが多い。このアプローチは、検査の外注では、検体の送付から結果を受けとるまでに何日も待たされていた臨床上の不都合に対する、実用的な解決策である。

 細胞診で細菌や深在性の真菌菌糸を検出する目的での角膜スクレーピングは、点眼麻酔後に、滅菌メス刃のホルダー側を用いて、角膜病変の辺縁部や基部から材料を得る。表層のスワブでは、高い割合で原因微生物を得ることが期待できず、検体採取前に表面のデブリを除去することが役立つであろう。眼瞼と結膜の腫瘤の細胞診を行うことも診断に役立つ。
 方法:メスの刃を収容しているアルミホイルを、刃の鈍端側で折り曲げ、スクレーピングの際のハンドルとして用い、鋭端は、カバーの中に収容したままにする。採取した検体を、2、3枚のスライドグラスに直接塗沫する。がまんが肝要である。角膜病変周囲に剥脱した角膜組織を「追跡」し、メス刃の端にそれを付着させるには、忍耐がいる。検体をスライドグラスの上に載せたら、空気乾燥させる。固定は必要ない。検体を載せたスライドグラスは、厚紙製のスライドグラスキャリアではなく、スロットのついたプラスチックボックス(Cornell Diagnostic Laboratoryその他の臨床検査用品メーカーから入手できる)に収容して運ぶのがベストである。基本的な眼科細胞診に熟達するのは困難なことではない。練習を積めば、診療施設内でスライドの判読を行うことが可能になり、治療方針の決定を迅速に行うことができる。眼科細胞診の中核的なコンセプトは、微生物(細菌や糸状真菌)を探すこと、「visiting cell(他所から移動してきた細胞)」(好中球、好酸球、リンパ球、単球)を探すこと、および、植物体の一部のような異物を探すことである。これらのエレメントは全て、DifQuik染色とグラム染色、油浸対物レンズを用いた顕微鏡観察で同定可能である。スライドには通常は、密に集合している上皮細胞の大きな塊と、個別に分かれた細胞の薄いシートが複合しているものである。小さなシートおよび、他所から移動してきた個別の細胞を示す領域が最も有用な情報をもたらす。細胞診は、臨床検査業者に依頼するとコストがかさみ、結果が得られるまで時間がかかるため、臨床家は、細胞診をおろそかにしがちである。しかし、細胞診を、診療施設で検査技師あるいは獣医が行えば、この問題点は解消される。
・角膜は透明で平滑で、輝いていなければならない。馬の眼科検査では、フルオレセイン色素(希釈せずに用いる)を用いて、角膜潰瘍を特定することをルーチンにすべきである。他の方法では発見できない小さな角膜潰瘍を染めることができる。
ザイデル試験: フルオレセインを用いて、角膜の穿孔あるいは角膜縫合のリークを検出できる。
涙液層破壊時間(TFBUT)正常であれば涙膜は連続している。瞬目によって涙膜の連続性が維持されている。瞬目が頻繁に行われないと涙膜が破壊される。(フルオレセインを点眼した後)コバルトブルーフィルター光のもとで観察すると、涙が乾燥し拡散する一部に暗い乾燥したスポットが出現する。フルオレセイン色素を角膜に点眼し、そのまま洗い流さないでおく。眼瞼を用手的に3回開閉、眼瞼を開いたままにして、涙膜を露出させ、乾燥するのを待つ、瞬目後の角膜表面にドライスポットが出現するのに要した時間を涙膜破壊時間(TFBUT)と呼ぶ。健常眼では、およそ10-12秒後にドライスポットが出現しはじめる。TFBUTが10秒未満であれば異常であり、涙膜のムチン層の不安定性を伴っているであろう。
キ フルオレセインの点眼後の一部の症例では、ローズベンガル色素を用いて涙膜の完全性を確認する。ローズベンガル色素試験紙はhttp://www.akorn.comから入手できる。
鼻涙系の開存性を判断するには、鼻涙カニューレもしくは湾曲汎用シリンジを使って鼻の入り口から灌流する方法がベストである。しかし、鼻涙系を通してフルオレセイン色素が侵入することでも開存性が確認できるであろう。
前眼房 (AC)については手持ち、もしくはトランスイルミーターにマウントした細隙灯を使って良好に検査できる (www.danscottand associates.com)。前眼房には光学的に透明な眼房水を含んでいる。ACのタンパク質量の増加は、臨床的には房水フレアとして観察される。ACに白血球が存在していることを前房蓄膿と呼び、ACに赤血球が存在しておれば前房出血と呼ばれる。房水フレア、前房蓄膿、前房出血の存在はブドウ膜炎を示す。
・馬の眼圧(IOP) はTonopen圧平眼圧計を用いて16-30 mm Hgである(www.danscottandassociates.com)。
散瞳薬の点眼は、瞳孔反射を調べた後に行う。好んで使われる薬は、1% トロピカミド点眼薬である。正常な馬であれば、散瞳が生じるまでに15-20分かかり、8‐12時間持続する。アトロピンは治療目的の散瞳薬として使用する。正常な馬であれば、点眼後2週間以上散瞳が継続するからである。
水晶体は位置と混濁あるいは白内障についてチェックする。正常なバリエーションと考えられる水晶体の混濁がいくつもある。たとえば、水晶体縫合部の明瞭化、硝子体血管の付着部、屈折同心円リング、細かな「ダスト状」混濁、およびまばらな「空胞」が水晶体内に存在するものなどがそうである。
白内障は水晶体の混濁であり、様々な程度の視力低下を伴う。先天性の場合もされば、ブドウ膜炎に続発する場合もあり、進行性のものも非進行性のものもある。一部の品種は遺伝性の場合がある。
・馬では正常な加齢性変化である水晶体核の混濁(核硬化)が、7ないし8歳から始まるが、これは真性白内障ではない。縫合線と水晶体嚢も、正常な加齢に伴って、わずかに不透明になることがある。
・成体馬の硝子体には通常、不透明部は存在しない。加齢と共に、あるいは馬再発性ブドウ膜炎 (ERU)に続発して硝子体に浮遊物が生じることがある。
・網膜と視神経は直接検眼鏡(Panopticィ)、あるいは間接検眼鏡を使って検査する。直接検眼鏡のロータリーレンズの設定を0にして、網膜と視神経を検査し、「グリーン」ナンバー20に設定して、眼瞼や角膜にフォーカスを合わせる。
直接検眼鏡での眼底イメージの拡大倍率は、馬では、側方では7.9倍、軸方向では84倍である。間接検眼鏡で20Dレンズを装着した場合には、側方を0.79倍、軸方向では8.4倍である。Panopticィ 検眼鏡には間接検眼鏡と直接検眼鏡の中間の拡大率がある。乳頭周囲色素脱失などのERUの徴候がないか、眼底検査を行う必要がある。視神経乳頭の腹側にあるnontapetal領域は直接検眼鏡で詳しく検査する。ここには巣的網膜瘢痕が形成される部位であるからである。網膜剥離は先天性の場合もあれば、外傷性、あるいはERUに続発する場合もあり、完全失明あるいは部分的な失明が伴うため、重大な所見である。
B-スキャン超音波、CT、ならびにMRイメージング法が、馬の眼内および眼窩領域を調べるのに重要である。CTやMRは、通常、紹介(二次診療)施設で実施する。高分解能超音波スキャンは二次診療施設での検査であるが、7.5‐10MHZ の腱観察用プローブと従来のフィールドユニットを用いたBモード超音波を行うことで、網膜剥離や水晶体脱臼、眼球寸法の異常などの重大な問題の診断画像が得られる場合が多い。

角膜
角膜に好発する障害:

表在性角膜びらん: びらんとは実質まで侵入しない欠損である。びらん部が感染していなければ、迅速に治癒し、瘢痕が認められることはない。散瞳薬と抗生物質の点眼が適応となる。一部の高齢動物では、上皮がしっかり接着てきる正常な基底膜を生じないため、びらんが、慢性、難治性の無痛潰瘍となることがある。これらの症例は、デブリドマンあるいは一時的瞼板縫合術で治ることもあるが、2週間で治癒しなければ、表層性線状角膜切開(superficial linear keratotomy)の実施を検討する。鎮静と局所麻酔を行い、病変部の上の表面を、直近を止血鉗子で挟んだ22 g針の先端で慎重に掻爬して実質表層に格子状の切開を作り、新たな上皮細胞が接着する足場を形成する。手技の詳細については、教科書を参照のこと。注意!格子状角膜切開術を行うと、既存の感染が、実質深部にまで侵入するおそれがある。細菌や真菌の感染が疑われる場合には、この処置を行ってはならない。

表在性角膜炎:  表在性角膜炎は、点状の染色取り込み部位、巣的な血管形成、色素沈着、巣的表在性混濁、あるいは、水疱性角膜症で上皮がかすかに水疱状に見える病変を呈する。点状角膜炎は、ウイルス(ヘルペス)が病因であるか、特発性であろう。痛みを伴う場合もあれば、無痛の場合もある。上皮は、フルオレセイン色素を点状に取り込み、表面全体に及んでいる。idoxyuridine点眼で、状態が改善する場合がある。NSAIDSの点眼、とりわけ0.1%ジクロフェナクが極めて有用であろう。その他のタイプの角膜炎も、NSAIDsや抗ウイルス薬の点眼で良好に改善されるであろうし、抗生物質の点眼で改善されるものもある。これらの症例で点眼ステロイドを用いることを検討する際には注意することが望まれる。コルチコステロイド治療を試みられている馬は、慎重にモニターしなければならない。表皮の外見が通常ではない馬や、説明のつかない混濁のある馬は、眼圧測定で緑内障のチェックを行う必要がある。

潰瘍性角膜炎: 潰瘍は実質まで欠損が及ぶものである(びらんは、上皮に限局された欠損である)。これらの欠損の治癒は綱渡りのようなものである。理想的には、涙膜のプロテイナーゼが実質欠損部のリモデリングを行い、もともと存在している線維芽細胞が実質の完全性を回復させる。細菌感染症や真菌感染症、ならびに様々な宿主因子があると、再吸収が過剰になる方向にバランスが移り、実質コラーゲンが溶解し、場合によっては眼球に穿孔が生じる場合がある。潰瘍には強い疼痛が伴い、続発性ブドウ膜炎を伴うため、患動物が点眼療法を拒絶して、症候群が悪化する傾向がある。この点に関する詳細な検討については教科書を参照のこと。補助的外科療法としては、デブリドマンもしくは角膜切開術があり、往診で実施できる。複雑な症例では、角膜切除、結膜移植、羊膜移植、あるいは瞼板縫合が必要になる場合があり、従って紹介症例である。極めて重症な症例は、全層角膜移植(PK)あるいは層状角膜移植(PLK)などの角膜移植が必要となろう。

細菌感染を伴う潰瘍は細胞診で診断できる。スライドグラス塗沫標本で観察した細菌タイプで治療法が決まり、治療に対する反応や、病変部の培養/細菌感受性試験の結果をもとに治療法を変更する。初期治療を集中的に行い、通常は1日あたり4-6回実施する。抗生物質を散瞳薬および点眼抗プロテイナーゼと併用する。疼痛コントロールには全身NSAIDsが有用である。点眼療法の補助として結膜下注射を用いても良い。明瞭な角膜軟化がなく協力的な患畜の治療は、厩舎での眼軟膏の投与でも、短期間で改善するであろう。気難しい患畜、あるいは、極めて深部に欠損のある症例では、眼瞼下チューブを介して点眼液の注入を、厩舎または、二次診療施設で行う。治癒が始まったことが明確になるまで、頻繁にモニターする必要がある。細菌性角膜炎に使われる最も一般的な抗生物質は、クロラムフェニコール、セファゾリン、トブラマイシン、ゲンタマイシン、シプロフロキサシン、アミカシンである(以下の薬剤表を参照)。アトロピンは効果が見られるまで点眼するべきである。血清投与を用いた抗プロテイナーゼ療法はルーチン的であり、MMP阻害薬と組み合わせても良い。デブリドマンは慎重に判断して行う。

溶解性あるいは極めて劇症の潰瘍: 最も深刻で、眼に危険を及ぼす細菌感染症は、β溶解性連鎖球菌や緑膿菌が原因のものである。コラーゲン溶解が広範に及ぶ場合には、予後は警戒を要し、これらの感染症は、治療コストも時間もかかる。治療は即時に積極的に行う必要がある。二次診療施設では、抗生物質と抗プロテイナーゼを、1-2時間おきに、終日投与している。セファゾリンがβ溶解性連鎖球菌に対して最も効果的である。緑膿菌に対しては、アミカシンやトブラマイシン、ゲンタマイシンが最も有効である。抗プロテイナーゼ点眼療法では、通常、複数の薬剤(血清、アセチルシステイン、EDTA、イロマスタット)の併用で行い、治療開始時には1-2時間おきに投与する。注:薬物療法の詳細と強化液の推奨濃度については、末尾の表を参照のこと。アミカシンとゲンタマイシンの強化液は、全身療法や整形外科療法の市販薬から容易に調剤できる。セファゾリンは極めて安価で、獣医サプライヤーや近くの小動物病院から1グラムボトルで容易に入手できる。希釈して50mg/ml強化液にする。

真菌感染を伴う潰瘍 (角膜真菌症): 真菌は馬の生活環境や結膜の微生物フローラの、常在微生物であるが、角膜損傷が生じると病原性を示す場合がある。アスペルギルス属、フザリウム属、Cylindrocarpon、Curvularia、酵母菌、糸状菌が、馬での真菌性潰瘍形成の原因になることが知られている。
・潰瘍性角膜真菌症は馬での重篤かつ視力をおびやかす疾患である。失明が生じる可能性もある。馬での潰瘍性角膜真菌症の病因として最も多く提唱されているのは、軽度ないし重度の角膜外傷による上皮欠損が生じ、欠損部に、正常角膜上にも存在する真菌がコロニー形成し、その後、実質にまで侵入するというものである。植物由来の異物から真菌が播種されることも考えられる。涙膜が破壊されると、角膜上皮に浸潤する能力を有している真菌もあると考えられている。プロテイナーゼその他の酵素が真菌、涙膜に存在する白血球および角膜細胞から放出されることで、実質の破壊が生じる。真菌は、抗血管新生化合物を産生するものがあり、血管新生が阻害される。

 真菌はデスメ膜と親和性があるようで、菌糸が、馬の角膜の深部に認められる場合が頻繁にある。より深部の角膜に浸潤すると、無菌性あるいは感染性眼内炎を招くおそれがある。サドルブレッド種は重篤な角膜真菌症が生じやすいが、スタンダードブレッド種は抵抗性がある。

診断検査には、フルオレセイン染色とローズベンガル染色、角膜細胞診、角膜細菌培養で真菌培養と好気性菌培養を含めるべきであり、手術時には生検を実施する。
迅速な診断、抗真菌薬、抗生物質、アトロピンの点眼と、NSAIDsの全身投与による積極的な薬物療法を行うことが、視力に関する予後に良い影響を及ぼし、外科的治療が必要なくなるであろう。治療は、真菌に対して、ならびに、真菌の増殖と死滅によって生じる虹彩毛様体炎に対して行う。治療は極めて長期に及び、角膜の瘢痕形成が著明になろう。真菌は、以下の順序で抗真菌薬に対する感受性が高い:ナタマイシン= ミコナゾール > イトラコナゾール > ケトコナゾール > フルコナゾール
・「潰瘍カクテル」:馬血清、トブラマイシン、ナタマイシン、セファゾリンを併用すると、ブドウ球菌や連鎖球菌、真菌に対して極めて有効である。ナタマイシン、ミコナゾール、イトラコナゾール/DMSO、フルコナゾール、アムホテリシンB、2%ベタジン溶液、クロルヘキシジングルコーネート、ポザコナゾール、ボリコナゾール、ならびにシルバースルファジアジンも、馬の角膜真菌症に対して外用できる。しかし、この使用は適応外である。2%OTCを添加したミコナゾールの膣用クリームを眼に外用できるが、刺激性が強い。調剤薬局に1%ミコナゾール溶液をオーダーするのがベストである。1%OTC添加シルバースルファジアジンクリームも角膜に外用で使える。大学薬剤部に電話して、その他の外用薬および全身投与用の抗真菌薬をオーダーする。
細菌の死滅により抗真菌療法の開始翌日に、ブドウ膜炎が悪化する場合がある。
・オトラコナゾールあるいはフルコナゾールの全身投与が、難治例に有用な場合がある。

実質膿瘍: 角膜に点状の外傷が生じると、微生物や異物が開口部を通じて角膜実質に侵入する可能性がある。一部の実質膿瘍が全身性疾患に続発することもあろう。
・創に隣接する上皮細胞が分裂、遊走により、実質内の感染エージェントや異物を覆うと、角膜膿瘍が生じる場合がある。上皮細胞は、細菌感染巣よりも真菌感染巣を覆う可能性が高い。上皮が再形成されると、細菌や真菌を、外用抗微生物薬から保護するバリアになる。実質膿瘍の上皮再形成は、ルーチンの診断と治療の療法に支障を来たす。
・馬の角膜実質膿瘍は、見かけは軽度の角膜潰瘍形成の視力を脅かす続発症となる可能性がある。痛みを伴い失明の原因となる慢性虹彩毛様体炎が生じる。
・デスメ膜に及ぶ実質膿瘍のほとんどは、真菌感染症である。真菌は、デスメ膜のタイプIVコラーゲンに「引きつけられる」ようである。
・表在性と深在性の実質膿瘍は共に、血管が形成されるまでは治癒しない。角膜の血管形成パターンは、しばしばユニークであり、膿瘍から血管活性化因子が放出され、血管形成応答に影響を及ぼすことを示唆している。
・薬物療法は、抗生物質の積極的な点眼および全身投与、アトロピン点眼、NSAIDsの点眼および全身投与である。
・表在性実質膿瘍は、薬物療法に初期に効果が認められるであろう。薬物療法を2、3日実施して角膜やブドウ膜の炎症の軽減が見られない場合には、膿瘍の外科的切除を検討する。
・深部層状角膜移植および全層角膜移植(PK)はデスメ膜近傍の膿瘍や、膿瘍が破裂して前眼房に侵入した眼に応用可能である。PKを行うことで、放出された微生物の抗原が除去され、壊死性の組織片や膿瘍内の変性した白血球が放出するサイトカインや毒素が除去される。

全層角膜移植術 (PK) 深在性角膜実質膿瘍の治療のための角膜移植術
深在性
・角膜移植は視力回復のため、難治性角膜疾患の治療のため、眼の構造的完全性を再確立するために行われる。これは二次施設で行う処置である。
・感染し、血管形成された角膜組織では、全層角膜移植術は拒絶反応のリスクが高いと考えられている。馬のほぼ全てのPKは、高リスク角膜に対して行われる。
・新鮮角膜移植片のほうが馬のPKには望ましいが、凍結組織も使える。
・拒絶を示唆する移植片への血管侵入は、術後5-10日に始まる。
・血管形成後のPK移植片が透明性を維持する例は、馬では稀れである。これは、療変の治癒および構造的支持の機能を担う。


馬の運動負荷試験のフィールドへの応用(H14.8.29)

 デイビッド・エバンス博士(シドニー大学)

 過去20年間ほど、馬の運動生理学分野においては、トレッドミルを用いた研究が盛んにおこなわれてきている。トレッドミルを用いて研究する利点としては、走速度、走行距離など負荷する運動量が正確に設定できること、運動中や運動後における馬への採材が容易で多くの生理的パラメータが得られることなどがあげられる。またデメリットとしては、馬のトレッドミルに対する馴致が必要なこと、事故の発生の可能性がフィールド実験よりも高いこと、馴致が十分でないとデータの信頼性が低下することなどがあげられる。
 一方、トレッドミル運動で得られたデータと走路運動で得られたデータは必ずしも同列に論じられないということが、多くの研究者によって指摘されてきている。たとえばGottlieb-Vedi and Lindholm (1997)は10キロポンドの重りを背負わせたスタンダードブレッド種をトレッドミルと走路において運動させたところ、トレッドミルでの運動の方が心拍の上昇率および血中乳酸値は低かったと報告している。またCourouce et al (1999)はトレッドミル運動におけるV200(心拍数が200拍のときの速度)、VHRmax(最大心拍数のときの速度)およびVLA4(血中乳酸が4mmol/lのときの速度)は走路運動と比較して低く、ストライド長は延長しピッチは下がったと述べている。さらにSloet van Oldruitenborgh-Oosterbaan (1995 )は実際の騎乗者あるいはサンドバッグを乗せてトレッドミル運動中の心拍数と血中乳酸値を測定比較したところ、両者に差はみられなかったが、馬の歩法に若干差が認められたことから、トレッドミルと走路における運動の差は騎乗者に寄因するところが大きいと結論づけている。トレッドミル運動時に騎乗者を想定してトレッドミルに傾斜をつけることがあるが、その妥当性については定かではない。

 現在流通している馬用ハートレートメーターの精度は高い。Kobayashi et al.(1999)は、フィールドにおいてサラブレッド競走馬のV200を測定した。走速度を1ハロンごとに漸増し、ハロンごとの平均走速度と平均心拍より算出した結果、騎乗者の体重(55kgと70kgを比較)はV200測定に影響を及ぼさなかったこと、ダート馬場ではターフやウッドチップ゚コースと比較してV200は低く出ることを報告している。本報告を見る限り、データの再現性も優れており、調教によりV200値が上昇することも観察されていることから、フィールドにおいて大変有用な方法であるといえよう。

 フィールドにおける運動中の酸素摂取量(VO2)や換気量の測定についてもさまざまな試行錯誤が繰り返されている。しかし、フィールドにおいて最大運動中のVO2や換気量については測定するには至っていない。主な研究としては次のものがあげられる。

 Pollmann and Hornicke ( 1988)はテレメータを用いて、常歩と速歩中の心拍、換気量を測定した。彼らはその報告のなかで呼吸循環器系の疾患の診断や治療効果判定への有用性を示唆した。Karlson and Nadaljak(1964)は比較的高速での運動中(11m/sec)の酸素摂取量と換気量を、カロリーメータをトラックに乗せ、マスクを装着した馬と併走するという方法で測定したが、この年代にすでにロシアでは酸素摂取量の測定が試みられていたことは驚きといえよう。またHornicke et al.,(1988)は騎乗者にO2センサーを背負わせ、常歩、速歩、ギャロップ時におけるVO2、喚気量(VE)、換気当量(VE/ VO2),酸素脈(O2pulse)などを測定した。ただし気流量計とO2センサーの精度に限界があったため、最大運動時の測定までには至らなかった。またHanak et al (2001)はフィールドにおけるエルゴスピードメーターの紹介しているが、この報告では騎乗者が500 m/minで騎乗中にガスサンプルを採材していることがユニークな点といえる。また、酸素負債も測定している。以上の研究結果からも分かるように、今後この分野では馬の最大運動に耐えられるようなエルゴスピロメーターの開発が望まれている。

 フィールドにおいて乳酸測定をする場合、運動を規定することが特に重要である。走行速度の変化は乳酸値に大きな影響を及ぼすため、一定速度であることを条件として測定することが必須である。演者らはヒトで報告のあるsingle stepテストの馬における有用性を検討した(Evans et al. 1993)。13m/secから16m/secの一定スピードのもとで、800mの運動をさせ、運動後の乳酸値を計測したところ、5mmol/Lから16mmol/Lで1ハロンごとの速度の変動係数(CV%)は5.2±1.9%であった。本方法はフィールドにおける乳酸測定法として有用と考えられる。

 フィールドにおける馬の運動負荷試験は、獣医学領域における臨床検査法の一つであり、馬の体力評価への応用が可能である。しかし依然として、フィールドに適したさまざまな試験方法の検討が必要であることは否めない。

 ヒトのスポーツ界では、練習の中で科学が積極的に取り入れてきている。競走馬や競技馬の世界においても、科学を取り入れることにより疾病の診断、治療効果の判定、体力評価などが格段に向上することが期待できる。今後、実際の調教の現場に科学を導入することが、馬の運動科学を研究してきている我々研究者の大きな役割と考えられる。

(JRA競走馬総合研究所  楠瀬 良)